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白樺
美術部員が、校庭の一角に集まって、風景をスケッチしていた。
目の前に、芝生の広場があり……
そこに、校舎の竣工記念碑がある。
こう書くとつまらない材だが、遠景に、高台から見下ろすかたちで、Q市の街並みが広がっている。
きっと、遠近法のいい練習にもなるのだろうと思いながら、俊郎はそこを通りすぎていった。
テニス部の活動が終わったあと、俊郎は、また同じ場所へやってきた。
さきほどからいる、美術部員たちと……
美術部の顧問が、スケッチの品評をしていた。
「これはどういうわけだ?」
美術部の顧問が、首をかしげた。
「みんな、これはいたずらか?」
どうしたのだろう。
俊郎は足を止めた。
「いたずらじゃないなら……この白樺の木はなんだ? みんなして、ありもしない白樺の木なんか書いて……」
顧問の先生は、俊郎の姿をみとめると、
「あ、村上君、これを見たまえ。あの記念碑のそばに、こんな白樺なんてないのに……」
先生は、俊郎に、部員たちが描いたスケッチを見せてきた。
そのどれもに、記念碑のそばに、白樺の若木が描かれているのだ。
幹はまだ細いが、皮はちゃんと白い。
それが、枝にさわやかな青葉を生やして、記念碑に陰をつくっているという情景なのだ。
ところが、顧問の先生の言うとおり、白樺などない。
記念碑のとなりには、なにもないのである。
「でも、見えたんです」
部員たちは言った。
「スケッチをしているときには、たしかにあったんです」
みんな、口々に言うのであった。
「あったんです」
「本当にあったんです」
「どうしたんです」
そのとき、テニス部の顧問の先生が通りかかった。
美術部の先生は、彼に、ことのいきさつを説明した。
すると、テニス部の先生はふしぎそうな顔で、
「ああ、白樺の木ねえ。たしかにありましたよ。わたしが赴任した年、というと七年くらい前ですが、そのときには植わっていました。ところが、環境が合わなかったのか、じきに枯れて、伐採されたと記憶していますが……いやあ、世の中には、理屈じゃ説明できないことがあるものですなあ」
美術部の先生は、まだこちらへ赴任していくらも経たないから、もちろんそのことを知っているはずもなかった。
一同は、しばらく、じっと押し黙っていた。
(2022年「Q市への旅」所収)