見出し画像

世界一可愛かったうさぎと最悪の人参

小学校低学年のころ。たぶん2年生だったと思う。
図工の時間で、忘れられない思い出がふたつある。

世界一可愛かった、耳の長いうさぎ

その日の授業は、長方形の板に好きな絵を描き、それを先生に電動のこぎりで切りだしてもらって、絵の具で色をつけるというものだった。

小さいころから絵を描くのが好きだった私は、うきうきとその板にうさぎの絵を描いた。

横向きの、人参をかかえた、耳の長いうさぎの絵。

そのとき描きあがったうさぎの絵は、我ながら会心の出来で、めちゃめちゃ可愛く描けた。こんなに可愛く描けたのは初めて、と言ってもいいくらいの出来だったと思う。
特にこの長い耳が最高に可愛い。世界一可愛い。
きっと先生も可愛いって言ってほめてくれるだろう。
そう思いながら、意気揚々と先生のところへ持って行った。

しかし、先生はその絵を見るなり、顔をしかめてこう言い放った。

「うさぎの耳はこんなに長くない。描きなおしなさい」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
こんなに可愛く描けたうさぎを描きなおせとはどういうことか。
しかし幼い私は、先生に対して反論する言葉を持たなかった。
呆然と立ち尽くす私に、先生はさらに言った。

「時間がないんだから、早く描きなおしなさい」

私はすごすごと席に戻り、板に描かれたうさぎを見つめた。
確かに私の描いたうさぎは耳がやたらと長かった。長方形の板の3分の2は耳で、体は小さい。でも、とってもとっても可愛く描けたのだ。
今なら、これはいわゆるデフォルメというやつで、現実のうさぎがどうであろうが関係なく、これはこれでいいんだと言えるかもしれない。
しかしその時の私には先生を論破できるだけの語彙力はなく、逆らってまで自分の意志を押し通すほどの気力もなかった。

先生がこれではだめだと言うのなら、諦めて描きなおす以外に、私にできることはなかった。

私は消しゴムを手に取り、板に描かれたうさぎを消した。

あんなに可愛いうさぎはもう描けないと思った。
最高に可愛いうさぎだったのに、消すしかなかった。
可愛いうさぎは消えて、机に散らばる消しカスになった。私はそれを払って、新たなうさぎを板に描いた。

耳はさっきよりも短く、体はさっきよりも大きく。

描きあがったうさぎは全然可愛くなかった。こんな不細工なうさぎでは全然満足できない。もっと可愛く描きたかった。
でも、もう時間がなかったから、私はそのうさぎの絵を持って、再度先生のところへ行った。

先生は何も言わず、そのうさぎを電動のこぎりで切りだして私に渡した。

その後のことはよく覚えていないが、多分絵の具で色を塗ったのだと思う。
恐らく学期末に持ち帰ったのち、すぐに捨てたんだろう。
そのうさぎはもう実家にも残っていない。

残ったのはただ、あの可愛かったうさぎを消さなければいけなかった悲しみとむなしさだけ。

40年近くたった今も、ずっとそのことが忘れられない。

最低最悪の人参

ふたつめの思い出は、人参の絵だ。
その日の図工は、野菜の絵を絵の具で描きましょうというものだった。

私は人参と茄子をモチーフに選び、鉛筆で下描きした後、絵の具で色を塗り始めた。
茄子はそれなりにうまく塗れたと思う。黒光りしていて、ところどころちょっと紫がかっている感じがそれっぽく塗れたと我ながら思った。
さて、次は人参だ。私はいったん筆を洗い、橙色の絵の具をパレットに出して、人参を塗り始めた。
しかしそこで予想外のことが起こってしまった。

橙色の絵の具が足りなくなってしまったのだ。

隣の子に橙色を借りるという選択肢もあったかもしれないが、隣は私の苦手な男子で、とても絵の具を貸してくれとは言えなかった。
そこで私は仕方なく、残りの絵の具で何とかしようと思った。
橙色に近い色で手持ちの色、すなわち黄色をパレットに出し、パレットに残ったわずかな橙色に混ぜ、絵の具を増やして人参の残りの部分を塗った。

そして完成した人参は、橙色と黄色が混じってまだらになっていて、いかにも不味そうな最悪の出来だった。
茄子がいい感じに塗れていただけにショックだった。
絵の具さえ足りなくならなければ、もっときれいに塗れたのに。

しかし、先生はその絵をひと目見るなり絶賛した。
そしてそれをみんなに見せながらこう言った。

「見てください、この色使い! 人参だからって橙色だけで塗るんじゃなく、こんな風に黄色も使って表現するなんてすごいと思いませんか。みんなもこんな風に塗りなさい」

何を言ってるんだ先生は。

この人参は単に橙色が足りなくなっただけなんだ。黄色を使ったのは、他に使える色がなかっただけで、使いたくて使ったわけじゃないのに。
こんなにまだらで不味そうな人参のどこがいいんだ。

どうせならうまく塗れた茄子をほめてくれ。

しかし先生は茄子のことはどうでもよかったらしく、ひたすら人参の出来をほめていた。先生がほめればほめるほど、私の心は冷えていった。

いい加減その最悪の人参を晒しものにするのはやめてくれ。

私はその場から逃げ出せるものなら逃げ出したかったが、何もできず、ただぼーっと突っ立っていただけだった。

その絵も実家に残っていないところを見ると、恐らく捨てたのだろう。

可愛かったうさぎと最悪の人参。

このふたつは、今も忘れられない思い出となった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?