北海道に行きたい。できたら厚岸に。
2020年、世界で猛威を振るったコロナ。
家族を失った方、職を失った方、人生途方に暮れた方、どうしてこんなことになったのか。
どこに怒りをぶつけてよいのか。
それぞれが悲しみに打ちひしがれたコロナ禍でしたね。
誰もが自分の未来が見えなくなっていたと思う。
あの日を振り返ると、映画を観ているようで、ステイホームの合言葉で励まし合い慰め合いながら毎日を過ごしていた。テレビのテロップに流れてくる今日の感染者が何人なのかをドキドキしながら見ていたあの頃が懐かしい。遠い昔に感じるのはわたしだけかしら。
でもこのコロナ禍は私たちの人生に大いなる意味をもたらしたと思っている。私達に一度立ち止まり、少し考える時間を与えてくれた。生活様式が変わり、これからの人生をどう生きていくかを考え始めた人も少なくないのではないだろうか。
実にわたしもその一人であり、ステイホームが続く中、一度きりの人生だもの、自らの人生に本当の充実感を盛り込むことができたら幸せだなって毎日、考えていた。生きる意味を発見するためにもね。
色々考えた。
コロナ禍の2年目、2021年夏、
厚岸にある菩提寺で祖父の50回忌法要が執り行われた。コロナの前から、母から聞かされ、盛大にやりたいとその日のために計画していた。
私達家族は、その日を迎えるまで東京からウィルスを持ち込まないようにと、細心の注意を払いながら過ごしていた。当日、羽田空港でコロナの検査を行い、陰性を確認し、家族全員で飛行機に乗り込むことができた。搭乗できるとわかった時、かなりホッとしたことを覚えている。
法事は結局、限られた親戚にしか声を掛けられなかったが、父は自分が生きている間に、自分の父親の50回忌ができて、とても幸せなことだと心満意足の表情をしていた。そして母は嫁としてこの日を迎えられたことに感無量と言って泣いた。
わたしは、そんな二人を見ていて、自分が幸せに生きてこられたのは見守ってくださっている御先祖様のお陰なんだと確信した。
あの日、お寺からの帰路、
目に飛び込んできたのは夕日に照らされたキラキラと輝いた美しい海だった。変わらない景色は昔からそこにあったはずなのに、その日、わたしはやっとその美しさに気づくことができたのだ。
目の前に広がる風景はとても鮮やかで、忘れかけていた懐かしい思い出は深い幸福に満ち溢れていた。
大袈裟かもしれないけれど、故郷から大きな愛に包まれている、そんな感じ。
この時、わたしは母の涙は決して忘れないと心に刻み、そしてこれからの人生にこの思いを絶対に繋げていこうと目に見えない何かに誓った。
そうだ、この日からわたしが故郷を思う日が始まったんだ。
#厚岸
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#クラフトビール
#わたしの決意
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