Xデーは2030年? エルダーが日本最大の労働力になる日(雇用ピラミッドの大逆転を予測してみる)
雇用者版の人口ピラミッドを作ってみる
皆さん人口ピラミッドのグラフはきっと一度はご覧になったことがあると思う。国勢調査などの統計を元に、日本の総人口を男女別に年齢毎の横棒グラフにしたものだ。少子高齢化や社会保障の議論の際によく登場するが、これは(当たり前だが)男女問わず日本人すべてを対象としたピラミッドなので、周囲にエルダー、シニアがいない人たちにとってはいまいち実感のしにくい部分がある。
日々の生活への影響ということで言えば、働いている職場の中での年齢構成、つまり雇用者の年齢構成の方がより実感が湧きやすいのではないだろうか。
という訳で、内閣府統計局が実施している労働力調査の長期時系列データを元に、雇用者のピラミッドがこれまでどのように変化してきたのか、そして今後どのように変化していくのか見てみたいと思う。
2002年はちゃんとした(?)ピラミッド型だった
まず今から約20年前、2002年の「役員を除く雇用者」(以下、雇用者)の年代別ピラミッドを見てみよう。ご覧の通り当時は割とちゃんとしたピラミッドの形をしており、男女ともに最も若い層(25~34歳)が一番多く、一番上の層(55~64歳)が少ない。まだ結婚している女性の半分弱が専業主婦だったので、雇用者は男性の方がかなり多かった。
当時の人口ピラミッドをみると既に少子化はかなり進んでいた。それでも雇用者数で25~34歳が最多層なのは、この年代が第二次ベビーブーム世代を含んでいたことが要因として大きいだろう。
45~54歳の層も第一次ベビーブーム世代を含んでいるが、彼らは自営業がまだ多く、雇用されている人はその分、少なかった。(ちなみに働く人全体、就業者数でいえば45~54歳の方が25~34歳より1,513万人>14,34万人で多い。)
そして55~64歳の層については雇用されていた人の多くが60歳の定年以降は働くのをやめていたため、下の年代に比べて雇用者数が大きく減少している。
2022年にはピラミッドがツボ型に
では直近の2022年についてはどうだろうか。2002年に25~34歳だった第二次ベビーブーム世代が45~54歳に移動し、男女ともに圧倒的な最多層を形成。ピラミッドの形がくずれてツボ型に移行している。共働きが大半になったことで男女の雇用者数の差が20年前に比べ少なくなった。
ちなみに、人口ピラミッドを見ると少子化の影響で45~54歳以降の世代には人口的なボリュームゾーンが存在しない事が確認できる。そのため、ここから下の世代は雇用者数でも徐々に現象していくことはほぼ確実である。
また、もう一つ特筆すべきなのは、60歳の定年後も雇用者で居続ける人の増加によって55~64歳の層の雇用者数が以前に比べて大きく減少しなくなったことだ。
下記のグラフでは人口に対する雇用者率がどのように推移したのか年代別に示している。自営業の減少などによってどの年代でも雇用者率は上昇傾向にあるが、その中でも下から猛烈に上昇していているのが55~64歳の層だ。2002年は38.8%だったのが2022年には63.8%と、20年間で25ポイントも上昇している。
女性の場合はこの年代で専業主婦が減少し、働く人が増えたことも大きく影響していると考えられるため、男性のみに絞って同様のグラフも出してみた。54歳以下の層では雇用者率は近年ほとんど変わらない水準で推移している一方で、55~64歳の漸増傾向は傾きはやや弱いものの変わらなかった。
中小企業も大企業も大差なし
また、この雇用者の年代構成が雇用している企業の規模によって違いがあるか下記のグラフで見てみると、最上段の官公庁では55~64歳の比率がやや多く、最下段の従業員1~29人の小規模な企業では25~34歳の若者が少なく上の年代に振れている。一方で、従業員が30人を上回る企業であれば、それが従業員数100人程度の中小企業であれ、1000人を超える大企業であれ、年代構成には大差がないようだ。
広告など情報産業ではピラミッド型が維持されている
一方で、業界によって構造は大きく異なる。下記が2022年の産業別の雇用者年代比率だが、紫で示しているのが雇用者全体と、それに近似した構成を持つ製造業や医療、福祉だ。高齢化が既に進んでいる産業ももちろんあり、オレンジで示した道路旅客運送業(タクシーなど)、宗教、政治・経済・文化団体は上の年代ほど雇用者が多い。(宗教を産業と呼ぶのは語弊があるものの。)しかし、緑で示した広告業や情報通信業、情報サービス業といった情報産業では若い年代ほど比率が高く、ピラミッド型が維持されている。これらの産業の中にいる人にとっては、「職場に若者がたくさんいる」環境はまだ普通のことのようだ。言い方を変えれば、情報産業に従事する人ほど、構造の変化に実感がわかず無頓着である、要は ”遅れている” 可能性が高いのだ。
2037年には逆ピラミッド型に
さて、それでは雇用者ピラミッドは今後どのように変化していくのだろうか。
昨年は「”老害”の未来」という切り口でいくつかの記事を投稿したが、「老害」を人口視点で分析したら、今の40歳がキングオブ老害世代だと判明したで、エルダーの人口が対若者比率で最大化するのは2037年だと分析した。(この時はエルダー:55~69歳、若者:20~34歳としていたので今回の区分とは若干異なる。)
では、2037年の雇用者ピラミッドは一体どのような形になっているか、2つのパターンで推計してみよう。
エルダーの雇用者率が上昇しない場合(下位推計)
まず、2022年と雇用者比率が変化しないと仮定した場合の2037年の推計値を見てみよう。傾きは小さいものの、男女とも概ね上の年代ほど雇用者数が多い逆ピラミッド型の構造となっている。若い年代ほど雇用者数が多いちゃんとしたピラミッド型の構造だった2002年とは構造が逆転してしまっている。
そして、この予測は現実的にはあり得ないほど“辛め”な仮定に基づいている、下位推計だ。前述の通り、実際の雇用者比率は特に55~64歳で上昇を続けているので、2037年段階では更に上昇しているはずだ。特に、こちらの記事で述べた通り、2025年には65歳までの雇用確保が企業に対して義務付けられることになる。そのため、55~64歳の雇用者率は、すぐ下の45~54歳の年代と大差ない水準まで上昇すると考えるのが自然だろう。
エルダーの雇用者率がミドルに追いつく場合(上位推計)
では、55~64歳の雇用者率だけが45~54歳と同水準まで上昇する一方、その下の年代の雇用者率が変わらない、という”甘め”な仮定に基づいて上位推計を出してみたのが下記のグラフだ。
55~64歳の層が下の年代に比べて突出して多く、さらに逆ピラミッド感が増した。
ちなみに、「下の年代の雇用者率が変わらない」という仮定については、54歳以下の年代の男性の雇用者率は既に安定している。女性は男性にキャッチアップする方向で雇用率は上昇を続けてきたが、既に男女の雇用者率の差はかなり縮小している。女性の雇用率上昇も早晩ストップするであろうことを踏まえると、そこまで現実離れした仮定ではないだろう。
2002→2022→2037(上位推計)の変化を繋げてみると、雇用者ピラミッドの構造が35年間で大きく転換していく事が分かる。(gif画像なので「画像」リンクをクリックして御覧ください。
雇用者の3人に1人以上がエルダーに
また、ここまで雇用者ピラミッドの形の変化を分かりやすく示すため敢えてグラフの年代を25~64歳に絞っていたが、それ以外の年代、15~24歳と65歳以上の層でも働く人は当然、存在する。
労働力調査とOECDのデータを元に計算すると、2022年の(在学中を除く)15~24歳の雇用者率は29.5%、65歳以上の雇用者率は31.3%だ。
先程の下位推計と同様、この率が変化しないと仮定すると2037年の55歳以上の雇用者は合計で15,59万人、32.8%を占める。雇用者ピラミッドは下記のようになる。
さらに65歳以上の雇用者率も55~64歳の層と同様に上昇しているので、上位推計の仮定を適用してみよう。65歳以上も2037年までに55~64歳と同率の雇用者率上昇(+12.0%)があるとすると、2037年の55歳以上の雇用者は合計で19,51万人、雇用者全体の37.9%にのぼる。推計には幅があるものの、少なくとも2037年段階では雇用者の3人に1人以上がエルダーになることは間違いなさそうだ。
ピラミッド逆転のXデーは2030年までに
では、このピラミッドの逆転はいつ起こるのだろうか。エルダー(55~64歳)の雇用者数がミドル(45~54歳)を上回り、全年代の中で最多層になる年をピラミッド逆転のタイミングだと定義して、年代別雇用者数の推移から予測してみよう。
下記のグラフでは濃いオレンジが55~64歳の雇用者数の推移を示している。2023年以降は実線が前述の下位推計値、破線が上位推計値だ。
この推移で見ると、上位推計では2029年、下位推計では2031年に逆転が起きることになる。下位推計は前述した通りあり得なさそうな仮定をしているので、「どんなに遅くとも2031年には逆転する」と捉えたほうが良い。2025年の65歳雇用確保義務化がどの程度影響するかだが、どちらかといえば上位推計に近い推移を取ると考えると雇用者ピラミッドの逆転は、「2029~2030年の間に起こる」というのが現実的なラインだろう。
雇用者ピラミッドの逆転がもたらすもの
このような雇用者ピラミッドの逆転は日本全体にとって、あるいは若者層/エルダー層双方にとって、重要な影響をもたらすはずだ。
その中でもコアな因子について挙げると、
①雇用者としての価値は若年層が上がり、エルダーは下がる
と考えられる。一般的に希少な人材ほど高く取引されるからだ。
また、若年層の方が将来働ける期間が当然長いため、スキル開発という点でも一人あたりで見れば若者への人的投資はより加速するはずだ。
一方で、
②消費者としての価値は若年層が下がり、エルダーは上がる
と考えられる。大まかにいえば、ボリュームの多い層ほど供給サイドとして重視すべきターゲットだからだ。
特に、BtoCで規模の効果(スケールメリット)が強い産業、たとえば自動車や家電、家具などの耐久消費財、それに衣料や化粧品などについては大きな影響があるはずだ。逆に規模の効果が相対的にみて弱い産業、例えば飲食や美容などの接客系、音楽やアニメなどエンタメについては ”若者が若者向けのものを作れない、作っても売れない” というようなことは起こりにくいだろう。(といっても、スケールさせようとすれば上の年代か、海外を取り込む必要がある。)
また、国全体で見ると、
③価値の創出は「経験の蓄積」で強くなり、「変化の促進」で弱くなる
と考えておいたほうが良い。
この影響は少なくともテクノロジー文脈ではポジティブに捉えるのが難しそうだ。一方で、暗黙知的な面も含めたプロの勘や職人技がものをいう業界、例えばコンサルティングや医療、クラフト系や高級接客(おもてなし)系などにとってはポジティブかもしれない。
またコロナ禍でマスクやテレワークが一気に普及したことを考慮すると、日本のエルダーは「自分から変化しないものの、仕方ないと納得すれば割と変化に抵抗がない」といえるかもしれない。
新しいイノベーションは若い世代を中心とした少数の集団に任せ、その他は全力でキャッチアップする、という構造に合意形成できるかどうかだ。”地域おこしには、よそ者/若者/バカ者が必要だ”と言われて久しいが、これを日本全体で推進する仕組みは作れるだろうか。
鍵は、”儒教的価値観”からの脱却?
上記のような因子を踏まえると、今後の日本のエルダーは年功序列という儒教的な価値観から本格的に脱却していく必要に迫られるだろう。
具体的に言えば、
・下の世代のほうが高い収入を得ることを受け入れる
・下の世代が必要だと判断した変化を素直に受け入れる
という必要に迫られる。もちろんエルダー側としては嫌な話でしかないのだが、これが組織として実施できないと競争力の高い優秀な若者ほど離反していくことになるので組織としては死活問題だ。(それほどでもない若者は普通に組織に残るとも思うが。)
雇用者の構造がピラミッド型だった時代の企業では、長く働くエルダーに主に求められることは暗黙知的なスキルや経験値を数多入社してくる次代につなげることだった。一方で逆ピラミッドの時代においてそのような役割は一部にしか求められなくなる。エルダーに求められるのは新しい変化の積極的なフックアップ、もしくはキャッチアップになるだろう。
エルダーがこのことを突きつけられるのが2030年以降、プレッシャーがピークを迎えるのが2037年あたりだ。その時、エルダーになるのが私なので、これは私自身に突きつけられた問いでもある。
江戸時代以降、400年以上かけて培われてきた価値観を転換するのは容易ではなく、それなりの痛みや摩擦を伴うはずだ。
個人的には
同一組織の中で何とかするのはハレーションが起きすぎて多分無理だし、誰も幸せにならない。
↓
①本体から若手を出す
本体はエルダー中心になることはやむを得ず、優秀な若手を自分たち中心に意思決定する小組織に編成し、かつ高い収入を得させる。本体はそこで出てきた新しい変化にキャッチアップする。
(これを外部化しようとするとベンチャーとかCVCの文脈になる。)
②本体からエルダーを出す
本体の年齢構成をピラミッド型/つぼ型を維持するため、エルダー中心の別組織を編成する。エルダー中心の組織は競争力維持のために本体から出てきた変化に適宜キャッチアップしていく。
という①と②のand/orな気がしている。(そして既に結構起こりつつある気がする。
ただ、そんな環境の中で「エルダーは何をモチベーションに仕事をすればよいのか?」というのは大きな問題だ。働き方改革の後は働き甲斐の改革が必要になるのかもしれない。これはまた別の機会に改めて深掘りしていきたい。