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【書評】長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート

「『長崎は日本の病の一ツのうち』であり、また『長崎之地ことに乱れて』いる」という松平定信の言葉で始まる本書は、幕府直轄都市長崎がいかに治めることが難しい都市であったかを物語るとともに、長崎を統治する「長崎奉行」の難しさを示している。

本書は、長崎の行政・司法をつかさどるとともに、オランダ・清国との通商、諸外国との外交接遇、西国キリシタンの禁圧、長崎港警備を総括するなど能吏でなければ務まらないポジションだった長崎奉行について明らかにした書である。

本書の著者

木村直樹著「長崎奉行の歴史 苦悩する官僚エリート」
株式会社KADOKAWA刊行、2016年7月27日発行

本書の著者の木村直樹氏は、1971年東京都生まれ。長崎大学多文化社会学部教授。専門は日本近世史。博士(文学)。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程中退、東京大学史料編纂所助教を経て、2010年「幕藩制国家と東アジア世界」で文学博士。

本書の章構成

本書の章構成は以下のとおり。

プロローグ
松平定信の長崎
長崎奉行とは

第一章 将軍の買物掛から長崎支配へ――十七世紀
長崎奉行の濫觴
将軍の買物掛
水野守信から竹中重義へ
上使と「鎖国令」
島原の乱が生んだ常駐する奉行 
都市を支配する長崎奉行
キリシタンにおびえる長崎奉行
十七世紀半ばから同世紀末までの在職期間
十七世紀の内憂外患と馬場利重・山崎正信
馬場利重と熊本藩
天野屋と馬場利重
大目付井上政重と長崎奉行
正保二年二月老中奉書と正保四年のポルトガル船来航
家光の死去と長崎奉行
老中へ何を確認するのか
長崎奉行の政策課題
キリスト教禁制と宗門改
長崎の都市計画
貿易制度の改変
不正な貿易対策
異国船間の紛争
名奉行の登場

第二章 都市支配をめぐって――十八世紀前半
十八世紀の長崎奉行 
長崎奉行の苦悩
幻の宝永新例
シドッチ入国と長崎奉行
正徳新例へ
正徳新例と沿岸警備 
貿易額削減と勘定奉行兼帯
勘定奉行の兼任
松浦の強硬な手法
「公益」の石谷

第三章 幕府と都市長崎のはざまで――十八世紀後半
長崎をめぐる二つの路線
長崎奉行の役得
「程能」長崎支配とは
不正な貿易の容認
長崎に厳しい奉行の末路
戸田氏孟の長崎支配
戸田氏孟への評価
水野忠通の長崎支配
水野の失敗
長崎で評判の良い長崎奉行

第四章 長崎奉行を困らせる人々――十九世紀
十九世紀の長崎奉行
長崎奉行と下僚
江戸城の長崎奉行
長崎奉行遠山景晋
遠山の江戸城勤務
勘定奉行と長崎奉行
来航しないオランダ船
招かざる異国船
暴れる唐人たち
困窮する長崎
海防都市長崎へ

エピローグ

本書のポイント

17世紀に日本にやってきたオランダ東インド会社の記録では、17世紀初頭の長崎奉行は、「長崎の買物掛」とか「将軍の買物掛」と表現されていることが多いそうだ。
しかし、後世のオランダ商館の記録では一般的に「長崎の知事」と書かれているそうで、外国人の長崎奉行に対する見え方が、時代とともに物品調達の専門家から行政官に変わっていたということからもしれないが、長崎奉行の役割が長崎の貿易から行政・司法まで多岐に渡っていたことを示しているともいえる。

長崎奉行の平均的な在籍期間は、江戸時代を通じて4年程度でったと考えられている。
ただし、江戸幕府が内憂外患を迎えた17世紀半ばの長崎奉行は、「外国人支配、外交交渉、キリシタンや宣教師の摘発、九州諸大名への沿岸警備の諸連絡、長崎の都市支配」などの重要案件を任された激務のポジションであったため、長期に奉行を務める者が多かったという。

長崎奉行については、長崎常駐となった17世紀半ば以降、18世紀初頭までは目付から長崎奉行になるケースが標準パターンであったが、享保14年(1729年)以降になると目付経験者系と遠国奉行経験者系の二系統の人事の流れが出てきたと述べられている。
特に佐渡奉行経験者が9名と多く、その理由が本書では語られている。

19世紀の長崎奉行は、国際情勢の変動に気を配りながら長崎の都市支配も進めていくという新たな段階に突入されたことが語られている。
この時期は、幕府自体が、異国人相手に対応できる役人を必要としていた時期であり、中川忠英、遠山景普といった長崎奉行経験者が活躍した時期だという。

上記に示すとおり、「長崎奉行は、江戸時代の日本をとりまく海外情勢が、日本社会に影響する過程において、常に第一線に立たされてきた」ポジションであり、「17世紀のアジア動乱、18世紀の相対的安定期、19世紀の欧米列強の日本到来、それぞれの時期に対外的な課題は異なり、長崎奉行に対しても異なる資質が求められた」ことを著者は述べている。

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