【書評】遠山金四郎の時代
江戸の名奉行と言えば八代将軍徳川吉宗の時代の大岡越前守忠相と十二代将軍徳川家慶の時代の遠山金四郎こと遠山左衛門尉景元が挙げられる。
大岡忠相に関しては「大岡政談」という江戸末期に完成したタネ本が存在するが、一方、遠山金四郎にはタネ本が存在しないのに名奉行として伝えられるようになったのはなぜなのか?
遠山金四郎が奉行を勤めた時代の老中は、天保の改革に挑んだ水野忠邦の時代であり、町人の実情を理解した金四郎は、水野忠邦の風俗取締、株仲間廃止、人返しの法などの改革にことごとく反対する存在だった。
本書は、遠山金四郎の実像を現存する史料から丹念に明らかにした書である。
本書の編著者
藤田覚著「遠山金四郎の時代」講談社文庫
2015年8月10日発行
本書の著者の藤田覚氏は1946年、長野県に生まれる。1974年、東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。東京大学名誉教授。
本書の章構成
本書の章構成は以下のとおり。
第一章 遠山の金さん像の虚実
1 逸話の作る遠山の金さん
2 遠山の金さんの系譜と履歴書
3 将軍お墨付きの名奉行遠山景元
第二章 繁栄の江戸か寂れた江戸か
1 改革と江戸市中
2 遠山の金さんと水野忠邦の対立――「俗論」と「正論」
第三章 寄席の撤廃をめぐって
1 寄席の景況
2 遠山の金さんの撤廃反対論
3 寄席問題の結末
4 その後の寄席
第四章 芝居所替をめぐって
1 芝居町の景況
2 遠山の金さんの所替反対論
3 水野忠邦の反撃
4 岡本綺堂『天保演劇史』より
5 芝居所替の結末
6 宮地芝居の撤廃
第五章 株仲間解散をめぐって
1 株仲間解散令反対論
2 奢侈な風俗の要因
3 南町奉行矢部定謙の罷免
第六章 床見世の撤去をめぐって
1 床見世の実態
2 床見世撤去と遠山の金さんの反対
3 床見世をめぐる対立
第七章 人返しの法をめぐって
1 江戸人口の増加とその問題
2 遠山の金さんの人返し反対論
3 江戸人口増加の要因
4 人返しの法
5 遠山の金さんの無宿者対策――その一
6 遠山の金さんの無宿者対策――その二
第八章 近世後期の町奉行たち
1 食物商人減少問題
2 天徳寺門前町屋の移転問題
第九章 「遠山の金さん」の実像
1 打ちこわしの恐怖
2「名代官」の時代
3 名奉行物語の完成
本書のポイント
遠山金四郎が名奉行と認められて評判が高かったのは、実は在職当時からだったそうで、十二代将軍徳川家慶によって名奉行としての評価が決定づけられている。
そのため、老中水野忠邦と対立しても簡単には罷免できない存在だったことが本書を読むと見えてくる。
遠山金四郎など当時の奉行の主張・考え方の背後には、「天明の江戸打ちこわしのような下層民衆の蜂起・騒動への恐怖が存在していた」ことが指摘されており、「江戸の民衆が政治的に成長したこと」が現場責任者である奉行たちの行動原理になっていたと察せられる。
あとがきに、著者は「江戸市政の責任者である町奉行遠山金四郎と老中水野忠邦の対立は、一般化すれば現場で働く者やその責任者と現場から遊離した上層部との間の考え方のズレと軋轢でもある」と書いており、「組織の中に働く人の行動のあり方や生き方も考えさせてくれるのではないか」とのコメントは、現代にも通じるものがあり同感である。