「法と経営学」を考える(1) ― はじめに
はじめまして、弁護士の西原 隆雅(にしはら たかまさ)と申します。
簡単に自己紹介させていただくと、私は弁護士としてはアクセラレート法律事務所と不動産テック会社を経営しており、良くも悪くも、弁護士の中では珍しいキャリアを歩んでいると思ってます。
今回、初めてのnoteでの執筆にはなりますが、ここ数年考えてきた、「法と経営学」という分野の可能性について、筆を取らせていただきました。
比較的固い内容になってしまうと思いますが、法学と経営学の交差領域として、いまだに学問的な地平と実務的な有用性が眠っている分野であると考えており、研究というと大げさですが、私自身のライフワークとして追究を続けたい領域と考えております。
主な読者としては、経営者の方又は経営者を目指している方、企業法務に携わる弁護士の方、学者の先生方を想定しています。
私自身は野良の弁護士ですし、経営者としても大した実績はまだ出せていないので、閲覧数などは期待しておりませんが、私自身の思考の整理と、読者の方が考えるきっかけになれば良いなと思っております。
勿論、質問やコメントも大歓迎なので、私や私の会社に興味を持っていたいだいた方は、お気軽にTwitterやFacebookのDMでご連絡いただけますと幸いです!
1.「法と経営学」を考え始めたきっかけ
まず、「法と経営学」について考え始めたのは、大学4年生のときです。
当時、実は学者志望でもあったのですが、東大法学部の授業で「法と経済学」を受講したのが直接のきっかけだったと記憶してます。
あまり聞きなじみがないと思いますので簡単に解説すると、「法と経済学」はアメリカから始まった学問で、通常の法学とは異なり、不法行為責任や会社法上の役員責任などの法制度に関して、経済学的な観点から効用分析をする学問です。
アメリカにおいては特に会社法などの分野では必須とされていて、「社会にとってどのような法制度が望ましいか?」という問いに対して経済学的なモデル設計と統計的なアプローチで答えを出せる分野として、近年目覚ましく発展していると聞いています。
私は「法と経済学」の授業を新鮮な気持ちで受講していたのですが、学生ならではの疑問として、「『法と経済学』があるなら、『法と経営学』があってもいいのではないか?」と無邪気に考えました。
しかし、当時の私は企業法務の経験もなければ経営の経験もなかったため、「既に企業法務弁護士によって、法学と実務の融合やファイナンス理論の導入は進んでおり、『法と経営学』はラベルの付け替えにしかならず、独自の学問領域としては成り立たないのでは」という結論に至りました。
当時から、例えば某私立大学の大学院の正式なコースとしても「法と経営学」は存在していましたが、学問領域としてはいまだ認められておらず、いま調べても「議論状況は当時とほとんど変わっていない」というのが正直な感想です。
2.「法と経営学」の意義
当時から6年ほどが経ちますが、企業法務や会社経営の経験を積み、色んな弁護士・経営者から学んでいく中で、たまに「法と経営学」について思いをはせることがあり、実務的に有用な学問領域になりそうな手ごたえを感じるようになりました。
「法と経営学」の新たな学問領域としての意義をまとめると、以下の3つになります。
(1)経営者が経営判断(=ビジネスジャッジ)をする際の、裁判規範ではなく、行為規範(=判断基準)を示すこと
(2)会社のフェーズ、規模の大小を考慮にいれ、法分野とリーガルリスク・マネジメントを横断的に検討すること
(3)法律に違反する、又は潜脱しようとする企業行為も視野に入れ、リスクマネジメント方法を示すこと
少し長くなりますが、順を追って説明します。
(1)経営者が経営判断(=ビジネスジャッジ)をする際の、裁判規範ではなく、行為規範(=判断基準)を示すこと
これが一番大きな意義であると考えておりますが、まず、少し難しい表現をしてしまったので、用語の解説をさせていただきます。
「裁判規範」は、裁判官が紛争解決のために従うべき規範とされ、簡単にいうと、万が一裁判で争うことになった場合にどのような判断がなされるか、という基準です。
「行為規範」は、一般社会における人間の行為を規律する規範とされています。
普段はあまり意識することがないと思いますが、「裁判規範」と「行為規範」は異なります。
簡単な例でいえば、「横断歩道が赤信号のときは渡らない」というのは違反した場合でも刑事罰を課せられないという意味で「裁判規範」ではないですが、一般的に従う人は多いと思いますので「行為規範」としては存在しています。
より法的な例で申し上げると、取締役の会社に対する善管注意義務(会社法423条)が分かりやすいです。
これを裁判規範として考えた場合、実際の裁判例に照らして考えるといわゆる経営判断原則(ビジネスジャッジメントルール)がありますので、違法行為ではなく、検討プロセスがしっかりされていれば、ほぼ免責されている判例がほとんどです(正確には色々ケースバイケースになりますが)。また、実際には株主が訴訟するケースはまれですし、万が一責任を負うような場合でも役員賠償保険などで実務上はケアされているのが実情かと思います。
しかし、これをもって、経営者に対する行為規範として「違法行為ではなく、検討プロセスをしっかりさえすれば、経営判断としてなにをやってもよい」とはならないはずです。
会社に対して善管注意義務を負っている以上、「私腹のためではなく、本当に会社のためになる判断なのか、しっかり検討しよう」と考えるのがちゃんとした経営者だと思いますし、例えば数千円単位の経費の稟議処理の場面など、実務上ほぼ法的責任を問われる可能性が低い場面でも、会社にとって無駄使いではないのか?と問うのが優れた経営者だと思います。
(例えば、日本電産の永守社長はどんな細かい経費処理も自分で確認する、という話で有名です。これは法律に基づくものというより、ムダを徹底的に排除すべき、という別の行為規範によるのかもしれませんが)
このように、裁判で争われた場合に法的責任を負わない(=裁判規範にはならない)場合でも、法律は行為規範として機能しているはずなのですが、少しおおげさにいえば、現状の法学は行為規範としての機能に対する意識が欠けているように思います。
なぜこの点が問題なのかと申し上げますと、経営者の経営判断にとって、法律家のアドバイスの過小評価につながってしまうからです。
あまり意識することは少ないかもしれませんが、世の中の流れとしては、会社法の制定や改正等によって、会社経営の選択肢は広まってきました。定款自治が広く認められるようになり、組織再編の手段としても、一昔前は合併しかなかったものが、会社分割、株式交換や株式交付などさまざまなスキームが選択可能になりました。また、私はスタートアップの資金調達を専門にしてますが、調達方法も普通株式や優先株式だけではなく、近年だとJ-KISSなどのスキームも開発されたり、ストックオプションについても昔は無償ストックオプションが一般的だったのが、有償ストックオプションや信託型ストックオプションといった選択肢も増えております。
また、例えば契約交渉するにしても、どの条項をどの程度、どのような根拠づけで交渉するのか、無数の選択肢があるといえます。
このように企業法務の世界は一義的な答えがなく、正解のグラデーションがある世界になってきました。
このような中で、裁判規範のみしか考えない場合、例えば0から50の選択肢がある中で「5から23までは法的には問題ありません。」という回答しかできず、極端にいえばその先の5から23のどれを選択するか、については経営者の経営判断にゆだねざるを得なくなってしまいます。逆に言えば、経営者が5を選んだ場合、それが裁判規範としてもギリギリで、行為規範としてはアウトなケースであっても、弁護士としてその経営判断を止めることができなくなってしまいます。
また、不祥事対応としても、法的に会社と役員が責任を負わない対応であればよい、というような偏狭な考え方をしてしまうと、原因究明と社会に対する説明責任といった行為責任をしっかり果たせず、会社のレピュテーションは大きく下がってしまい、経営判断として適切とはいえません。
一方、個々のスタイルにもよると思いますが、優秀な弁護士は「5から23の選択肢があるうち、今回の事例においては9を選択するべきです。なぜなら~」「判断としてあり得るのは9か13で、なぜなら~」という明確な回答ができる方が多く、そのような弁護士が企業にとって優秀と評価されているように思ってますし、私も弁護士として、そのレベルを目指したいと考えてます。
そして、ここでいう「なぜなら~」の部分については、無数の根拠づけがあり、この幅こそが企業法務弁護士の評価を決める大きな要素だといえるからです。
もちろん法の趣旨といった法的知識や過去の同様の事例における経験則といったものもあれば、その弁護士個人の人生観、心理学、ファイナンス理論、交渉理論まで、さまざまな根拠づけがあり、その幅を広げようと、企業法務弁護士は法律以外の知識も身に着けようと努力を重ねています。
例えば、「今年の株式配当はいくらにすべきか?」「M&Aの取得価格として、会計士が鑑定した●円は妥当か?」といった質問に対して、裁判規範のみを考えると「分配可能額の範囲で配当してください」「役員の善管注意義務にならないよう、プロセスをしっかり守って、著しく不当な価格にならないよう注意してください」という、全く役に立たないアドバイスしかできません。
それを証券会社などのプロではないまでも、コーポレート・ファイナンス理論を習得することで「1株あたり25円から35円が妥当なのではないでしょうか?」「株価算定にDCF法しか用いていない会計士の鑑定意見は不合理なので、別の鑑定士をつければ答えが変わる可能性があります」といった、より意味のあるアドバイスができるようになるのです。
しかし、このように一部の優秀な弁護士ではかなりの部分で実践されているとはいっても、いまだ一部に限りますし、行為規範(=判断基準)のレパートリーとしても不足しているのではないかと考えております。
実際に、経営者が「あなた方の意見は分かるが、経営判断として、今回は5(=違法ではない)を採用する」と言った際に、その経営者を説得し、決定を覆せる弁護士はほとんどいないのではないでしょうか。
また、経営者の立場からみても、裁判規範は正直分かりづらく、また幅があり過ぎるため、経営判断の指針として使いづらいのが本音ではないでしょうか。例えば、整理解雇の4要件を説明されても、結局は総合考慮ですし、具体的な場面で解雇が法的に有効なのか?は専門の弁護士でも判断が難しく、ましては(法的には素人の)経営者は頭を抱えてしまうはずです。
このような問題を解決し、経営者にとって明確な行為規範を示すための領域として「法と経営学」の独自の存在意義があるのではないかと思っております。
具体的には、ファイナンス理論や交渉学等、企業法務弁護士が米国のロースクールやMBAで学ぶ理論は当然中身に入れつつ、経営学がその他にも対象としている、リーダーシップ論や経営戦略の内容も踏まえながら、法学の規範的な要素を掛け合わせていけるのでは、と考えております。
なお、ファイナンス理論や交渉学等、いわゆるMBA科目や経営学の分野で既に存在している内容は独自の価値になりえないので、「法と経営学」に含まれるものの、今回の考察において、直接には取り上げません。
また、これは個人的な感想にもなりますが、経営者の方に経営判断(=ビジネスジャッジ)の名のもとにえいやで判断されると、弁護士として多少、忸怩(じくじ)たる想いを感じることがあります。
勿論、会社や事業を一番よく知り、考えているのは経営者ですので、考え抜かれた経営判断であれば弁護士として当然尊重しますが、浅い判断を経営判断という名のもとに行われるのを見ると歯がゆい気持ちになります。
弁護士が経営判断を下せるわけではありませんが、M&Aや資金調達、危機管理の場面など、企業成長の分岐点となる場面において、回数という観点では経営者より場数を多く積んでいるケースもあり、企業法務弁護士はそのような局面における経営者の対話相手、経営判断を支えるパートナーを目指していくべきだと思っています。
そして、詳細は次回以降で記述していきますが、経営者を導く道具(=行為規範)として、「法と経営学」が有用になり得るのではないかと考えております。
(2)会社のフェーズ、規模の大小を考慮にいれ、法分野とリーガルリスク・マネジメントを横断的に検討すること
分かりやすい例が会社法ですが、会社法は個人商店からトヨタのような大企業まで、同じ法律で規律しています。
これは考えてみればすごいことで、企業規模からしたら何十万倍、下手したら1億倍も違うであろう企業体を同じ法律で規律しており、例えば株主総会の開催や代表取締役の権限などが規定されています。
これは、物理的にみればまさに月とすっぽんを同じ物差しで測ろうとするようなもので、これが社会実装されていること自体、先人たちの英知の結晶といえます。
しかしながら、物理的に大きな差異がある以上、どうしても現実や実務感覚とのずれ、は生じざるを得ません。
小規模の非上場会社では実態として株主総会を実開催する例は少ないですし、決算の官報公告(会社法440条)などは行っている事例の方が少ないのではないでしょうか。
さらに、例えばスタートアップなどの場合には、決算情報は潜在的競合にとってマーケットの存否の指標にもなり得るため、法的には必要でも、戦略的にあえて官報公告をしない、少なくとも情報公開が最小限になるよう努めるのが経営判断としてあり得ます。
経営学では、企業・製品についてライフサイクル仮説というものがあり、ステージによってマーケティング戦略が変わってきますが、同様に、リーガルリスク・マネジメントという観点でも、企業ステージによって当然リーガルリスク・マネジメントのレベルが変わってくるはずです。
例えば、私自身、会社を実際に起業して痛感したこととして、起業した時点では資金繰りという最大のリスクが存在していて、その対応に経営リソースを集中させるべきであるため、細かいリーガルリスクは正直後回しになります。例えば、企業直後に、従業員の労働時間管理を徹底するためにシステムを導入して労働時間の正確な把握をしようとする経営者はほぼいないでしょう。
また、この観点は法学にも影響を与える得るものと考えていて、例えば整理解雇の4要件(人員削減の必要性、解雇回避義務の履行、被解雇者選定の合理性、手続的妥当性)について、スタートアップの場合にはより緩和した対応があり得るのではないか、と考えております。実務上はほぼ近い結論が出ていると思いますが、スタートアップの場合は仮に資金調達直後であっても、そもそも1年程度の資金繰りしかないケースがあり、人員削減の必要性は潜在的に存在し、解雇回避義務を十分に行うことができないケースも存在します。
また、被解雇者選定の合理性についても、10人以下のスタートアップの場合、組織図すらないケースもあるため、俗人的な能力による狙い撃ちをせざるを得ません。
また、手続的妥当性について、法の不知が許されるわけではないですが、顧問弁護士などがついてないケースが多いことを考えると、十分な対応が期待できないケースが多い気がしております。
このように、会社ごとのステージの違いを考慮に入れることで、法分野を横断しつつ、裁判規範としてもより妥当な回答を示し得るのではないか、と考えております。
(3)法律に違反する、又は潜脱しようとする企業行為も視野に入れ、リーガルリスク・マネジメント方法を示すこと
上記(2)にも関連しますが、「法と経営学」においては法律に違反する、又は潜脱しようとする企業行為も想定すべきと考えており、この点こそが、既存の法学との違いの明確な表れであると考えております。
勿論、違法行為には経営判断原則は原則適用されないですし、弁護士として不正な行為を助長してはならない旨定められているため(弁護士職務基本規程14条)、弁護士としては違法行為をアドバイスすることは許されていません。
しかしながら、経営者の立場からすれば、法律に違反する行為・不作為も、会社にとってメリット・デメリットを比較してニュートラルに合理性を判断しているはずです。
この観点は私が学生時代に、租税法の授業を某教授のもとで受けた影響が大きいです。
その授業では、「税法だけを読んでも税務実務を理解できたことにはならない。納税者は税法を前提に、租税回避行動をとる主体であるから、租税回避の具体的なスキームこそ、研究対象にすべきと考えて研究してきた。」という旨を繰り返しおっしゃっていました。
私はその授業に感銘を受けたのですが、これを租税法以外にも広げて、法律にあえて違反しようとする、又は法律を潜脱しようとする企業行為も検討に入れるべきではないか、と考えています。
(2)で述べた決算公告の例は前者の、あえて法律に違反しようとする事例ですが、後者の法律を潜脱しようとする例としては、業務委託契約による解雇規制の潜脱が考えられます。
日本では労働者の雇用が重視され、解雇規制が厳格になっていること、また正社員での雇用が社会保険料の負担など経済的・手続き的負担が重いことから、スタートアップの立ち上げ期などにおいては雇用契約を避け、業務委託契約を締結する例をよく目にします。これ自体、偽装請負のリスクをはらむことになりますが、正規雇用した場合のミスマッチのリスクと比較した上で、リスクが低いという判断のもと選択されているものと考えられます。
このようなケースの是非を一概に判断することは難しいですが、このような行為について法律違反のリスクがあるから禁止すべき、又は潜脱を防ぐため法改正によりもっと厳格にするべきだ、というような見解は全面的な支持はされないのではないでしょうか。
もっとも、企業のコンプライアンス意識を下げることはあってはならず、本来会社の利益とコンプライアンスは秤にかけること自体許されません。
しかし、軽微な行政法違反と、命や健康に関わるような法令違反は、リスクのレベルが違う話であり、リーガルリスク・マネジメントの強弱をつけるべきではないか、と考えております。
逆にいえば、どこからの違反が絶対に許されないもので、を浮き彫りにする作業ともいえ、軽微な違反についてそのリスクを軽減する方法を示唆する作業ともいえます。これは法定の刑事罰の軽重をみても分からないため、個別の法律を超えた判断基準が必要になってきます。
以上が、「法と経営学」の独自性であり、存在意義になると考えていますが、正直これだけではピンとこないと思いますので、以下で簡単に全体像の概略を説明しようと思います。
3.「法と経営学」の体系
まず、法学と経営学を組み合わせるわけですから、名前通り、個別の法領域×経営学の個別領域を掛け合わせていく(=n×n)、というのがイメージしやすいと思います。
ただ、経営学として、よくMBA科目としてある戦略理論やファイナンス理論やマーケティング理論を個別に組み合わせようにも、理論の自己完結性が強く、法学との交差領域は大きくありません。
そこで、以下のように個別の法領域×経営(=n×1)というくくりにしたうえで、必要に応じて経営学の領域に触れて構成すべきと考えています。また、総論として、①法と経営と②リーガルリスク・マネジメントを先頭に位置付けています。
①法と経営
②リーガルリスク・マネジメント
③会社法と経営
④危機管理と経営
⑤労働法と経営
⑥行政法と経営
⑦租税法と経営
⑧知的財産法と経営
なお、あえて「●●と経営学」ではなく「●●と経営」としているのは、学問的な意味での「経営学」ではなく、あくまで実務で経営を行う経営者のための体系であると考えているからです。その意味では「法」と「経営学」ではなく、「法と経営」学として捉えた方がよいかもしれません。
それでは、次回以降、それぞれのテーマについて触れていこうと思います。