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日曜創作劇場「リモコン」
彼女が動かなくなった。
名前はまだつけていなかった。
昨日、家にきたばかりだった。
正確には昨日、「拾った」ばかりだった。
今は2164年の12月。
歴史的建造物としてリニューアルオープンした消費社会の象徴「大型ショッピングモール」にはいくつか問題点があった。
県が運営会社を公募して民間委託したのはいいが広さに対して警備員の数が足りておらず、数の少ない警備ロボットと人間では、不審者の侵入・施設への滞在を防げない。
刑務所の管理ならともかく、今そういう細かいところをつついたら運営が回らないため行政も見て見ぬ振りをしていた。
だいたい、今も昔も、そういうことのしわ寄せは下で働く者にくる。
清掃員の僕は(正確には、ロボットが仕事した後を最終チェックする)計算上、時間内に終わるはずの業務が終わらないことへの不満を管理会社の人間にぶつけたところ、やんわりとこの内部事情を知ることとなった。
(もう、こゆことには、慣れてるけど)
実を言うとこの3日間、フード付きのロング丈の薄手のコートを羽織った彼女が施設に「いる」のには、気がついていた。ロボットが認識しない細工がされてること、僕を見ても逃げない様子に、人間ではないことはわかった。
(性処理ロボットが捨てられちゃった、という、ところだろう。)
昨今では、よくある話だ。とはいえ、仕事も増えそうだし、他の担当が見つけたらいいか、と報告は様子を見て、なんて、僕も僕で、ずさんに考えていた。
人間そのままの民生ロボットが世に出て久しかった。
少子化に伴って不足した労働力を補うための民生ロボットたちは、いつしか人工知能が発達して「感情」が生まれた先に自我も生まれ「権利を守れ」と立ち上がりロボットたちによる「人差し指革命」が起こったー、と、近代史の授業で習った。
「命令」を象徴する人差し指を、銃の形にして抗え、というポーズをしたデモの写真はカッコよく、リーダー格のロボットの名前は忘れたけど…、正直いって彼らが制圧されてなかったら…今の世の中もっとよくなってたかもしれないな、とちょっと残念にも思ったりした。
僕自身は、人間の捨て子だ。孤児院や児童施設は、昔のものより随分進化したみたいだ。第一、もう同情を集めるものではなくなっていた。僕らは、人間よりも感情が穏やかで不測の事態に対応できる冷静な子育てロボットに育てられ、そのことについては、うらやましがる人さえいた。
(とはいえ、施設が手配した仕事につき、社会貢献の成果が一定ポイントまで認められないと、自由な人生など到底手に入らない。僕ら孤児の多くは、エッセンシャルワーカーとして働き医者やパイロットになれれば3-4年ほどでポイントは貯まって晴れて自由の身だが、僕のような仕事の場合…20年ぐらいはかかるといわれた)
「飼い主」が処分費用を払えず、不法投棄されたロボットも問題になっていた。記憶を司るメモリー部分を破壊され飼い主のことも、自分が誰なのかも理解できない人間そのもののロボットが街を彷徨う姿、そして保護される姿、裸にされ大きな穴に投棄され15分の1になるよう圧殺処分される姿がショッキングに映し出された映像がいつか、話題になっていた。
ペシャンコに潰されていくロボットたちの映像を見た時に、なぜかちくりとした。
(僕が明日誰かに殺されたって、構う人なんていないだろうなぁ。)
その意味で、このロボットたちと僕と、何が違うのだろう。
ふと、閉店した館内のフードコート跡に、一人で佇む彼女をみて、ちょっとだけ、何かがはじけた。
「君、ロボット?」
彼女に話しかけてみたのだ。
頷いたので安心した。デフォルトの言語は日本語らしかった。
彼女はその夜、僕の家についてきた。
コートを脱いでやると、ノースリーブの腕があらわになり、なぜ捨てられてしまったのかを察した。
特殊な性癖がある飼い主だったのだろう。人工肌は、ひどく痛めつけられていた。
ロボットに「痛い」という感情はないが、性処理ロボットは痛さを感じるようプログラムできる、と聞いたことがある。(あ、僕にはそんな趣味はないが、居酒屋で飲んでたら、後ろの男性客たちが卑猥な話で盛り上がっていたのが聞こえた。)
「私は自分のリモコン、持ってない。」
それを聞いて、彼女がなにを言いたいのか、すぐ察した。
ロボットにとって外部から飼い主が簡単に再起動できるようにしたり、要所にある穴に入れて充電したりする「リモコン」は命綱だった。
つまり、あと数日、またはもう、数分後かもしれない。
目の前の「彼女」は、動かなくなる、ということだ。
「いいよ。別に。」
僕は素っ気なく言った。
ひどい傷のついた腕の人口肌を見て、
「いたかった?」と聞いた。
彼女はキョトンとしていた。
「私と、したい?」
と真顔で聞いてきた。
「ううん、そんなんじゃない」
偽善ではなかった。
でも、業務として報告して一定の手続きをして業者に引き取ってもらうこともできたのに。
いったい何のために、報告せずに、拾ってきたのだろう。自分でもわからなかった。
その夜は、並んで眠った。
起きたら、彼女の電源は切れていた。
僕は、ロボットの用の埋葬サービスを探した。
「ちゃんと埋葬するからね。」
僕は彼女の寝顔に伝えた。
大切に埋葬することが、何か得体の知れない虚しさがおおうこの世の中に対する僕の決意だった。
*2017/12/19作成、2024に一部修正。
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