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日曜創作劇場「メモ帳」
「このメモ帳を拾った方は、こちらまで連絡お願いします」
と最後のページに書かれたメモ帳(といっても、B5サイズのスケッチブックみたいなもの)を拾った恵子は今、商店街の中心にある時計の下で、メモ帳の主を待っている。
警察に届けて終わろうと思ったのだが、交番に誰もいなかったのと、息子の迎えまで時間の余裕もあったし、記されたメールアドレスに送信したら「助かります!今うけとれますか?」というメッセージに、ちょっとした救世主になったような気分となり、今に至っている。
その人には内緒にしようか迷うところだが、悪いと思いつつ、連絡先を探す際に、ちょっと中身も見てしまった。
スケッチブックには、手書きのカレンダーにスケジュールが手書きで盛り込まれてたり、時々、舞台のスケッチや雑感などがあった。
書かれているスケッチなどには、さほど惹かれるものはなかったのだが、偶然、その中に、自分が友人の誘いで見たチャリティーのお芝居のチケットの半券が貼られていた。
その横に「クソ、時間の無駄」と書かれており、その言葉に惹かれた。
なぜなら、恵子がその芝居を見て、思ったことだったからだ。
が、参加しているこどもたちの顔や、善意でやっている人たちのことを思うと、いろんなことを慮ってしまい、ここまでストレートに表現できずにいた。
というか、そう思った自分に罪悪感さえあって、打ち消していた。
一緒に芝居を見た女友達も、そのあとの食事では芝居のことには一切触れなかったので、もしかしたら一緒のことを思っていたのかもしれない。
「クソ・・・時間の無駄」
言葉に出して呟くと、少しだけ心が軽くなった気がした。
「あの、もしかして、メールの・・・」
顔を上げると、ボロボロのジーンズの若者が、真っ赤な毛糸の帽子をかぶってそっぽを向いてる女の子と手を繋いで立っていた。
「あら、ごめんなさいね」
恵子はメモ帳を閉じて、差し出す。
「ほんっとすみません、時間無駄にさせちゃって・・・」
無意識の声は結構大きかったのだろうか、若者は、さっきの独り言を聞いていたようだ。
「あ!違うのよ。」
恵子は笑ったが、説明がめんどくさかったので、それで終わっておいた。
助かりました、シャーセン、あざっすとか何とかいって、カバンにスケッチを入れてお辞儀をして立ち去っていく二人を見送りながら、恵子は携帯を出して、女友達を夕飯に誘っていた。
本当のことって、面白いのかも。
女友達と「クソで時間の無駄」と思った芝居の話をしてみよう。
*2017/12/20 に書いたものです。これは結構好きな作品。
「子どもたちの頑張りは(結果はどうあれ)パチパチパチ〜」という空気それ自体が、実は、あまり好きではないです。
もっと言葉を尽くして芸の道に立つ大人として伝える、ことも含めて本当の対等というのではないかという思いもあるし、そんな偉そうなことを言えるほどの人間じゃないという弱気もあった。
その点、この短編を書いた後に経験した、あるアーティストさんと高校生吹奏楽部のコラボに関して、すごく感動したことがあった。
高校生の頑張りを尊重した、ダメ出しではない言い方(なぜなら高校生は自分たちの練習の合間に楽譜を理解しようと、すごく、精一杯やってたから。)それでも彼らの演奏に「のびしろ」をみたアーティストさんは、彼らにわかる言葉を尽くして伝えていた。その後の1ヶ月ぐらいの練習で、彼らの演奏は見違えるものになっており、「信頼関係とは、こういうことか」と、久々に鳥肌だったのです。
そして「本当の言葉が言えない」のは、そのことに関して、真摯さが欠けてるからかもしれないって思った。それならそれは単なる暴言になるし、だからやっぱり「信じて投げる」関係性の構築が大切なのかもって思えた。
以上、フィクションとリアルの交差点で思ったことでした。
#超短編 #フィクション #小説
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