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「張り紙」
「なんでも解決します」
と適当に書かれたその文の下に、携帯電話番号があった。
フミオ45歳は、今、膵臓ガンのステージ3と宣告され、緊急入院をする決断が必要なので会社やご家族と相談してください、と言われたばかりだった。
家に帰りたくない。帰って、妻にこのことを話せば、きっと機械的に保険屋さんに色々確認するのが関の山だろう。また兄弟たちに電話して、持ち家や遺産をどう分けるか、遺書にこれをかけ、あれをかけ、というのが想像できる。今俺に必要なのは、全くもってそんな時間じゃない。それだけはわかる。
偶然見つけたその張り紙の主に解決策などあるはずないのだが、とにかく、今は・・・とてつもなく、これ以上なく、自分の人生と1ミリも関係のない人に、利害のない人に、この運命の仕打ちを聞いて欲しかった。
携帯が鳴った。2回鳴った。4回鳴った。
取らないのか、いそがしいのか。
10回ぐらい鳴っただろうか。
「はい、誰ねぇ〜?」
覇気のないおじさんの眠そうな声が聞こえた。
「あ、、すみません、"なんでも解決します"って張り紙見て・・・」
「あ〜 あはは、そうねぇ、今、どこねぇ〜」
「あ、ええっと、シャッターの閉まったお店の前なんですが・・・」
「あはは、そうねぇ、じゃあ、お店の裏手にいるからサァ、今おいでね〜」
急な展開にフミオは少し驚いていたが、とにかく、裏手に向かった。
裏手は、ガラクタがたくさん積まれており、その中の、ビールケースの空箱に、いうなればバカボンのパパの実写版(それに不潔さを10倍ましにした)のような格好をした太ったおじさんが、背中を向けて作業していた。お尻からはケツ毛がはみ出ており、思わず目を背けた。
フミオは今にもこの場から立ち去りたい気持ちを我慢して声をかけた。
「あの、、、」
おじさんは、ゆっくりと後ろを振り返りながら。
「あ〜、だぁハイ、あんたねぇ〜。さっきの。」
前に向き、フミオに側のビールケースを差し出した。
「相談はなんねぇ、はい」
フミオは、遠慮がちに座り、早口に巻くし立てた。
「実は、た、たった今、すい臓ガンの宣告を受けました」
「タッタ イマスイ ゾウガン?」
早口で話した自分が悪いのだが、違う節で区切られるだけで
なんて間抜けなんだろう、とイライラする。
「じゃなくて、すいぞう、ガン、癌ですよ、癌。」
「あぁ、ガン、がんねぇ・・・」
おじさんは、噛みしめるようにいうと、同じく噛みしめるように続けた。
「でも、大丈夫よぉ。」
「え、なに、なにが、大丈夫なんですか?!」
これにはフミオもブチキレそうになり声を荒げる。
「そうサァー。」
「人間は、いつかは死ぬんだのにぃ。」
「・・・・」
そ、そうくるか・・・。
「にぃさんは、死なないつもりだったわけ?
何でー。死なない方が、おかしいでしょう。」
このおじさんじゃなかったら、殴っていたかもしれない・・・。
なぜかフミオは気抜けしてしまった。怒っても仕方ない。そう思った。
「ニィさん、ビールあるけど、飲んでいくねぇ?」
「・・・じゃあ、少し」
ちょっとだけ このおじさんと、自由時間を楽しもう。
フミオの残りの人生は、始まったばかり。
2017/12/24に書いたもの。
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