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「ともあきのなやみ」

ともあき 28歳の悩みは、悩みがないことだった。

バリバリ体育会系の上司(以下バリ上司)には「もったいないやつだなぁ」「ハングリー精神がないんだよお前は」とことあるたびに小突かれた。

根っからの優しい性格で人のサポートに回ることにやりがいを感じていた。

バリ上司も、彼の営業事務としての能力の高さに感心していた。バリ上司は「部下に自分を追い越してもらってこそ本当の良い上司」みたいな理想像があるだけで、彼への小言は愛情みたいなものだった。

毎日食事も美味しかったし、都会に住んでいるが毎朝の運動も欠かさず、健康管理も万全だった。

人と自分を比べることもなく、自分自身に課す地味な挑戦が好きだったので、業務に飽きたりもなかった。酒もほどほど、ギャンブルはやらず、適度に遊び、適度に寝る。飯は毎日美味しいし、なんの不満もなかった。

しかし内心焦る時もあった。

うつ病や自殺がこんなに多く心療内科が流行る世の中で、僕はこんなに悩みがなくていいのだろうか。

先日、後輩のMの無断欠勤が続き、バリ上司が様子を見にいったところ、部屋の外に出れなくなった、と言うことだった。

バリ上司はここ立て続けに続く新入社員の「(彼からしたら)奇行」に頭を悩ませいた。バリ上司の代わりにともあきが社員の様子を見に行くことも増えた。

一通り、話を聞くと、みんなホッとしたようにその日は深く眠れるようだった。

でも気になることがあった。時々言われるこの言葉だ。

「ともさんは、いいっすね・・・悩みなさそう」

そう言われるたびに、もしかして人として、何か決定的なものが欠けているのではないか、と言う気になった。

「悩み、か。」

近い将来家庭を持ちたいとは思っていたので、出会いの場に誘われればついていった。

そういう場で、酒を飲んでると気づいたが、「悩みを持ってる」または「シニカルで批判的な」男女の方が、ミステリアスで、かっこよく見えるらしい、と言うことだ。

さっきから、飲みの場は、大ヒット中の映画にシニカルな批判をしている男の独壇場になっている。話も面白く、興味を惹かれ、聞いてしまう。ただ、好きな作品だったので、重箱の隅をつつくような批判には、なるほど、と思いながらも少しモヤモヤして、ともあきは、席を外し、トイレに向かった。

今日も美味しくご飯を食べて、楽しく話したら、おいとましよう。

トイレを出たら、同じ席にいた女の子が、待っていた。

「さっき、ともさん、映画好きっていってましたよね。私もなんです。ライン交換しませんか。」

ともあきは「もちろん」と、笑顔になった。

かわいい子が勇気を出して声をかけてくれた。こんなに嬉しいことはない。

次は僕の番だ。

すかさず、気になっていた、映画に誘ってみた。

彼女も嬉しそうだった。



恋の悩みが増えるのだろうか?

ともあきは、そんなことを思いつつも、ワクワクしていた。

#小説 #超短編 #フィクション


[創作劇場]過去作連投①]
最近現実の動きが早く、過去の創作を書き直しながら「出し惜しみして何になる」という気分が日に日にましましになってきたので「日曜」創作劇場ともったいぶらずに、全部にイラストつけて、今日で出し切ることにしました。

これは、2017年12月21日に書いたもの。
今(2024年)はシニカルな皮肉屋は好まれない気がする。単に私の周りの人が変わっただけかもしれないが….。人類も進化しているのかもしれない。


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宮平貴子 Takako MIYAHIRA
サポートをいただきありがとうございます。宮平の創作の糧となります。誰かの心に届くよう、書き続けたいと思います。