たかこ先生のレッスン徒然日記vol.18
町田市でピアノを教えています田中貴子です。
『たかこ先生のレッスン徒然日記』お読みいただきましてありがとうございます。
大阪という新天地での生活は、
良くも悪くも(笑)たかこ先生を大きく成長させることになります。
学校生活では、休み時間がたとえ5分しかなくても校内中駆け回り、とにかくよく身体を動かしました。
鉄棒や雲梯で手のひらの皮がベロベロにめくれても遊び続け、校庭を走り回ってました。
公立の小学校でしたが、歴史があり、校庭に小さな築山があり、古い木造校舎があって「怖い話(怪談)」をさも事実のように話し合っては冒険しにいく、そんな毎日でした。
放課後も帰宅して、すぐに外に飛び出し自転車を乗り回したり、
あちこちの竹やぶに冒険しにいったり、
それもまた「怖い話」をしながらなので、とにかく落ち着かない(笑)
とても楽しい毎日でした。
病気がちだった体力はいつの間にか改善されていました。
(小学2年生くらいでしょうか。いたずら盛り、遊び盛りでした!)
ピアノのお稽古
新しい先生は作品一つ一つ、作曲家についても大事に教えてくださる先生でした。
バッハ、スカルラッティ、モーツァルト、ベートーベン、ハイドン、シューマン、チャイコフスキーなどの作曲家の作品にたくさん触れていました。
先生とのレッスンは楽しく、作曲家や音楽史への興味も自然に抱けるようにご指導してくださったと感じています。
先生のお宅にある小さなピアノのような楽器が、
チェンバロであることは、お教室に移ってしばらく経ってから知りました。
ある日レッスン室のドアを開けると、先生がチェンバロを弾いていたのです。
レコードでしか聞いたことがない音が、不意に現実的に聴こえてきて、ものすごい衝撃を受けました。
先生はバッハのイタリア協奏曲を弾いてらして、それが本当に素敵だったのです。
私がレッスン室のドアを開けたのに気が付いて、スッと先生はチェンバロの蓋をおろしました。
ほんの一瞬のことでしたが、今でもピアノとは違う発音で演奏されていたイタリア協奏曲の一節は耳に残っています。
家に帰ってアップライトピアノを目の前に、あのシャリシャリした音の感じを出すためにはどうしたら良いのだろうと、ずいぶん実験してみたものです。
レコードも貪るように聴きました。
チェンバロという楽器の存在や、
バッハがバロック時代の作曲家ということ、
それまでも音楽史を彩ってきた作曲家やその作品を弾いてきたこと、
様々なことが少しずつ繋がり始め、音楽への本格的な興味を持ち始めた頃だったように思います。
なにがあってもピアノのお稽古だけは行く!
そんな気持ちも芽生え始めた頃でした。
お読みいただきましてありがとうございます!
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