約70年ぶりに疑問の1つが解決しました

 私は小さい頃から「何で?」と思うことがたくさんありました。「何でそうなるん?」「何でそんなことせないかんの?」の2つあったように思います。小さい頃は前者が多かったように思っています。そして先生に質問すると納得できたこともあるのですが、「あっ、誤魔化された」と感じることも多々ありました。そして小学校高学年の頃には先生に質問して良い疑問と、してはいけない疑問の区別をなんとなく付けていたように思います。
 しかし、してはいけない疑問はそのまま残ってしまいます。ここに書くのはそんな疑問の1つです。元寇つまり蒙古襲来です。先生から蒙古はものすごく強かったが神風、今で言う台風が吹いて蒙古の船が全部沈んで蒙古勢をやっつけたんだと聞かされたときです。そこで私が思ったのは「そんなに強い軍勢やったら、台風が来たとき何で上陸して台風通過をまたなんだん?」でした。これはしてはいけない質問と区分しました。日本の武士が強かったから上陸できなかったんやと自分で答を出しました。歴史の授業を受けたとき、蒙古はヨーロッパから中国までを領土とする巨大で強い国であったことが分かると、そんな国を相手に日本の武士が相手の上陸を阻止できたのだろうかと疑問の内容が少し変わりました。そんな疑問も忘れるほど長い時間が過ぎた去年、急にこの解答が分かりました。NHKの『歴史探偵』という番組を見たからです。日本の武士が強かったのではなく、蒙古に負ける原因があったことを知りました。蒙古が巨大な国になれたのは蒙古の馬が気性が荒く戦闘に適していたからです。しかし、馬(多分全ての動物)は人間でいう閉所恐怖症だったのです。テレビでは北海道で生まれ育った競走馬の最初の難関は運送用のトラックに乗せることだそうです。何とか乗せても半日も走らないうちに先ず1頭が体調を崩し発熱して、24時間過ぎる頃には他の馬も同様なことが起こり、最悪死んでしまう馬もあるそうです。そして蒙古勢が船で日本に到着するのに2ヶ月半かかったのです。だから日本に着く頃には馬は全滅に近い状況だったと考えられます。日本海側の広い海岸線には日本勢が居ない海岸もあったはずですが、馬なしでは荒い磯を上陸ことさえ難しかったのではないでしょうか。
 私は時々近辺の公民館等で話をさせて頂くことがあります。この1月中旬にもお話しさせて頂きましたが、この話ではありませんでした。上に書いてきたことはこれからのネタになるな直感しましたが、そのままよりももっと面白くできないかと考えました。ちょうど将棋の藤井棋士の王将戦が話題になっていたのを見て、蒙古襲来を将棋に例えたら面白いのではないかと考えました。強い蒙古は藤井プロです。しかし当時の状況を考慮した特別ルールを作りました。蒙古は馬が使えないので飛車角落としです。そして戦争ですから駒をとられるということは兵士の死を意味しますから、とった駒を手駒にはできません。だから藤井プロは駒をとられるたびに手勢が確実に減ります。しかし日本勢は地の利があり兵の補給ができますから、藤井プロにとられた駒は手駒として返してもらえるというルールです。このルールで藤井プロは他のプロ棋士と戦ったとしたら勝てるとは絶対に思えません。もちろん私のようなずぶの素人には勝てるでしょうが、アマチュアでもある程度の人にも勝てないと思います。次に公民館等からの話の依頼があれば、この話ができるのではないかと「早く来い来い話の依頼」と思っています。
 しかし、なぜ神風が吹いたという話が広がったのでしょうか。平氏と源氏の違いがあるからではないかと考えています。平氏は武士の頂点に立つと朝廷に入り、高官になると共に娘を天皇の后にしたりして朝廷の中で(上に天皇を頂いて)我が世の春を謳いました。しかし源氏は征夷大将軍となり(力ずくでさせたと思います)朝廷と距離を置きます。そして朝廷よりも栄え勢力を増したと考えられます。この状態は室町時代に少し異変はありましたが、戦国・江戸時代まで続きます。例えば戦国時代に来たスペインの宣教師は布教の許可を織田信長に求めたことを考えても納得できます。だから多分朝廷も面白くなかったと考えられます。そして国難や皇族が病気の時には寺社仏閣に祈祷を申しつけていたので元寇の時も祈祷を申しつけたと思います。そして蒙古勢を退けたとき、武士の活躍ではなく我々の祈祷だと触れまわったと考えるのが順当だと考えます。ここから神風とか神国という考え方が国民に広く深く浸透したと思います。
 戦後になっても映画になっていました。「日蓮と蒙古襲来」は私も見ました。もしかしたら今もその尻尾が残っているかも知れません。そのくらいですから戦前には確実に残っていて、第2次世界大戦は国民が求めていたと唱える歴史学者もいます。日本は明治以降欧米に追いつけ追い越せを合い言葉に頑張り、日清・日露戦争に勝ち国威を発揚しました。そして第1次世界大戦でヨーロッパが衰退します。日本はまたも盛り上がりますが、まだ上にアメリカがいました。アメリカさえやっつければ世界一と考える人々が増えました。そして新聞は平和を唱えていたら売れなくなり、日本はすごいと書き始めて、軍は何している、早くアメリカをやっつけろ、我が国は神国だ、困ったときは神風が吹いて助けてくれると叫びだした。軍は戦争のプロだからアメリカには絶対勝てないと分かっていたので避けようとしたが国民の声に押し返されて、奇襲をかけて打撃を与えすぐ和睦交渉をと考えていたという歴史学者の説を私は採ります。約千年後に日本は神国でもないし、神風も吹かないと分かるのです。
 もう一つの「何でそんなことせないかんの?」には大人になってから、かなり苦労しました。「お前俺のいうことが聞けんのか」と何度言われたか分かりません。

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