コロナについて(追)

 前に「コロナについて」で書きましたようにコロナによる死者数が交通事故による死者よりもかなり少ないのはもっと検証が必要だと書きました。その当たりをもっと具体的に検証したいと思います。
 日本の自動車事故による死者の最大だったのは1970年の16,765人です。その年の事故件数は718,080件です。そした2021年の事故件数は305,425件なのに死者数は2,636人です。両方を比べると事故件数は半分以下ですが、死者数は6分の1以下です。その原因はいくつか考えられます。1970年の事故件数がもっと多かった可能性があります。小さな物損事故は警察に届けずに互いの話し合いで示談交渉した可能性があります。しかし、それを悪用して莫大な治療費と慰謝料を取られる人がかなりいました。私の勤務していた定時制の生徒で小さな物損事故を起こしたのですが、たいしたことないと言われて警察に届けずに済ませたところ数日して相手からむち打ち症で入院したと連絡が来て、その支払いのために学校に来る時間も働くために欠席し、最終的に退学した生徒もいます。当時そんな話をたくさん聞きました。むち打ち症が正式に認められた頃です。ただ、正式な診断法がなくて本人の申告だけで医者が決定していたように思います。医者も高額で入院してくれるので歓迎していたようです。その経験から現在では小さな事故でも通報しますので、2021年の件数が大幅に減っているのはすばらしいことです。また、1970年頃は事故死による慰謝料よりも治療費の方が高かったので事故の際相手が負傷しているだけの場合は車をバックさせて轢き殺してしまうこともありました。これを「二度轢き」と言っていました。ただ、全ての人がしていたわけではなく、ダンプトラックの運転手が目立っていたように思います。だから当時はダンプの運転手さんは極悪非道な人のように言われていました。彼らの名誉のために言っておきますが、ほんの一握りの人だけでしたし、現在では道を譲ってくれるのはダンプ等のトラックが一番多いと経験しています。そして現在「二度轢き」をすると殺人罪に問われますし、死亡した場合の慰謝料が高額になりましたから誰もしません。またほとんどの人が自賠責保険の他に上乗せという個人保険に入っていますので、治療費の心配もしなくて良いのです。また当時の道路は舗装されているところが少なく砂利道が多かったのでハンドル操作が難しかったり、制動距離が伸びるのです。化学工業の原料が動植物性油脂から原油に変わりますが、その中に含まれるスラッジと呼ばれる油脂として使えないものがあります。それを不法投棄して海洋汚染となり、社会問題化して海洋投棄できなくなったので、その捨て場所として道路が選ばれ、全国津々浦々の道路がアスファルト化してから車が制御しやすくなり、制動距離も短くなったことも事故・死亡者の減少につながったと思います。もちろんそれだけではなく、車の高性能化や運転者の意識・マナーの向上だと思います。時々例外も起こっているようですが・・・。車の高性能化の中にはボディーの柔らかさも入ると思います。昔は車が今よりも大事な家宝でしたから丈夫さは宣伝文句の一つでした。当時の外車のCMに崖から落ちても車は壊れないというのもありました。こんな車で事故になると車は壊れないのだから人へのダメージがより大きくなってしまいます。そしてカーメーカーにしても今の車の方がメリットが大きいと思います(壊れやすいからから耐久年数が減少し、修理の仕事が増加します)。

 私が言いたいのは死亡事故者の減少はそれだけではないのではないかと言うことです。医学の進歩により、死なずにすんだ人と共に24時間以上治療し続けることが可能になったのだと思います(医者が死亡診断書を書かなければ死亡にはなりません)。1960年代は救急病院があまりなく、大きな病院も大学に依頼してインターンと呼ばれる学生を夜間の医師として派遣してもらっていたようです。この人々は無給で昼間は大学病院で講師等が治療を行うのを見ていることが多いのですが、生活のため夜間にアルバイトとして働き、運ばれてきた負傷者を自ら治療することになり、頭蓋骨を開けたり、腹の消化器官を全て取り出すこともあり、ものすごく勉強にはなっていると医学部の友達が言っていました。

 コロナに感染した人たちの治療は前例がなく全ての医者が昔のインターン生に近いのではないかと考えると、多少死者が増えるのはありうるかなと思います。しかし、私は前にも書きましたように、コロナは大して怖い物とは考えていません。もしかしたら数年後には「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と笑い合っているのではないかと思っています。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?