大切な人たち。最後に会った人。【180/200】
今週末は「好き」が渋滞していた。
「好きなこと」「大切な人たち」に囲まれて、キャパが足りなかった。
土曜日。
10年来の友人の結婚式。
週の半ばまで雨予報だった空は、前日になって曇りに変わり、屋外での式は無事に挙げられた。
大阪、三重、岐阜、愛知、東京、青森。
それぞれの場所から集まって、顔を合わせる。ただそれだけのこと。
幸せとはそういうものだと、改めて知った。
ももクロのライブがつないでくれた仲間たち。それぞれ結婚したり、住む場所が変わったり、子どもができたり、ライブステージの変化が続く中で、変わらず縁を大切につないできた。
大人になってから「好き」でつながった友達は、一生モノの財産だ。
今回,コロナ禍になってから、本当に久しぶりにみんなで集まることができた。
内容のない話で笑い合う。
生産性0%で幸福度100%の時間。
ただただ、嬉しかった。
日曜日。
タッチフットの全国大会に出場する友人を応援しに横浜スタジアムへ。
残念ながら友人は最初のプレーでケガをしてしまい、その後は欠場となった。
試合後に話すことができたが、悔しさを押し殺してこちらに気を遣ってくれる表情に、彼女のこの大会に、そして一つ一つの試合にかけている強い想いを感じた。
どんな言葉をかけたら彼女の力になれたのか、わからない。
でも、彼女が楕円形のボールを追い続ける限り、できる限り多くの試合を、この目に焼き付けたいと思った。
観戦中、彼女を応援する仲間たちとも会えた。児童養護施設出身の若者たちを応援するボランティアプロジェクトで一緒になった仲間。
このつながりもまた、僕にとってかけがえのない「大切な人たち」だ。
久しぶりに顔を合わせて話をする。
その喜びを、照りつける陽射しの中で感じていた。
日曜日、夕方。
横浜スタジアムから日産スタジアムに移動して、Mr.Childrenの30周年ライブへ。
思えばこれが初めてのミスチルライブだ。
中学生の頃、CROSS ROADで衝撃を受けて、デビューからの全作品をすぐに掘って、そこからカラオケで歌い続け、大学で初めて入ったバンドサークルの新人ライブでも「マシンガンをぶっ放せ」を歌った。
(もう一曲、なぜかB'zの「FIREBALL」を歌った)
バンドを始めてから洋楽を知り、ヒットチャートに乗らないオルタナティブな音楽を好きになったことで「ミスチルが好き」とは言わなくなった。「ミスチルが好き」と言わない自分になりたかった。
それから本当にいろんなバンドやアーティストのライブに行くようになったけれど、ミスチルのライブは結局今の今まで、縁がなかった。
ライブが始まって、僕は一瞬で、中学生に戻った。桜井さんの歌に、僕は虜になっていたし、ずっとミスチルを歌いながら生きてきた。
自分が音楽を始めてから好きになったバンドやアーティストは、ある意味「好きになろうとして好きになった」のだと思う。
ミスチルは、中学生の僕が純粋に好きになり、それからずっと、自分の一部として、一緒に暮らしてきた。
僕は「ミスチル育ち」だった。
ライブ中、ある曲で、自然と涙が溢れて止まらなくなった。
ステージ上で彼らが鳴らす音が、あの頃の僕が見ていた世界を映し出したからだ。
30年たって、僕はようやくミスチルに会えた。
そして、愛おしくてたまらない15歳の僕に、今夜、もう一度出会うことができた。
再び土曜日。
本当は、もう一組、会いたい人たちがいた。
The Bargainsのふたりと、社長の藤田さん。
新レーベルを立ち上げ、一発目のレコ発ワンマンライブだった。
前述の結婚式と重なってしまい、泣く泣く現地参戦を断念して配信チケットを買った。
おそらく大学生の頃、テレビでバーゲンズの「ジンセイ」を聴いた。耳に残るいい曲だとずっと覚えていた。
それから15年経って、下北沢LOFTでバーゲンズのおふたりに会った。ライブを観て衝撃を受けた。
まだ、配信ライブは観ていない。
しっかり心の準備を整えて、ビールを片手に、完璧な環境を整えて、ノンストップで観る。
そこで感じることを、またしっかり言葉にしたいと思う。
ありがとう。
僕の大好きな人たち。
次に会えるその日まで、どうか元気で。
15歳の僕へ。
君のおかげで今の僕がいるよ。
たくさん悩んでくれて、ありがとう。
僕は、幸せに生きています。
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