梨菜という原石 〜きっと夢は叶う〜【266/200】
「きっと夢は叶う」
その言葉を信じられるかどうかは、発する本人の決意と覚悟にかかっている。
2024年2月10日(土) 銀座Miiya Cafe
梨菜 23rd Birthday One-Man Live 「ひきがたりずむツアー 第0章」
『ひきがたりずむ vol.3』Release Party!!
《裏タイトル》新曲!未発表曲!大放出スペシャル〜!!
梨菜とは何度か共演し、昨年に続いて今年も4/20(土)に開催する「年の差紅白」仲間でもある。
彼女の重要なワンマンライブということで応援に駆けつけたわけだけれど、同業者としての応援というよりも、一人の観客として、僕は彼女のパフォーマンスをとても楽しみにしていた。
ソールドアウトで満員の客席が、小柄で可憐なシンガーの登場を待っている。
老若男女、幅広いファン層に愛されていることがよくわかる。
やがてステージ袖から梨菜が現れ、グランドピアノに腰掛け、静かに息を吸い込み、歌い始めた。
歌い出しから会場の空気が一気に変わった。
M1. あいあい傘
柔らかく美しく鳴るピアノの音色。
声と息の成分が絶妙にミックスされた歌声。
ライブの始まりは、こういうのがいい。
音数は少なくていい。
声をゆっくりと味合わせてほしい。
そんな欲求を、十分に満たしてくれる1曲目。
M2. ウチのコ
続けてかわいいポップソング「ウチのコ」へ。
猫好きの梨菜が、愛猫に向けた愛を余すところなく詰め込んだポップソング。
跳ねるリズムに自然と会場からの手拍子が生まれる。
それにしてもサビ終わりの「にゃお」はズルい。
2曲を続けて歌い終え、会場のファンへ挨拶をする梨菜。
普段よりリラックスしているように見えたのは、会場を埋め尽くしたファンの顔を見て安心したからだろうか。
M3. 21
21歳という子どもと大人の狭間で揺れ動く心情を綴った2ndEPのリード曲。
サビの歌詞とメロディが印象的で一回聴いたら覚えてしまう系の曲だ。
こういう名刺がわりの看板曲をしっかり持っているのはシンガーソングライターとしてとても大きい。
落ちサビからの転調、さらにブレイクをバッチリ決めてくるラスサビが好きだ。
上から半音ずつ降りてくるキメは、ピアノこそ最高にハマる。
M4. あめだま
一転して失恋を歌うバラードへ。
Bメロのロングトーンが美しい。
2番Aメロで高音をループするピアノが、行き場所を失った恋心の切なさを描く。
サビの歌声が心に沁みる。
柔らかなファルセットから低音への着地が、心の中と残酷な現実とのギャップを感じさせる。
M5. Runner(新曲)
今回のライブに裏タイトルがあることを明かす梨菜。
「新曲!未発表曲!大放出スペシャル〜!!」ということで、レコ発EPの2曲目に収録されているRunnerへ。
疾走感のある、がんばる人たちへの応援ソング。
サビの音域があえて低めに設定されているが、梨菜の魅力の一つである低音域が生きるグッドメロディだ。
M6. 旅に出よう
M7. ながれぼし
M8. タイムカプセル(新曲)
ギタリストの加治良浩氏をゲストに迎え、ギターとピアノのセッションで届けられた3曲。
ふたりの音色とリズムが絶妙に重なり合って、音楽の喜びを十分に堪能させてもらえる贅沢な時間だった。
弾き語りライブにおいて、中盤にこういう変化が入ることの効果は非常に大きい。
ワンマンライブだからこそ聴ける歌があり、観られる特別なパフォーマンスがある。
特別なパフォーマンスは続く。
M9. You Raise Me Up(cover)
世界中の有名歌手たちにカバーされているSecret Gardenの大名曲。
荘厳壮大な歌唱が似合う楽曲に乗せて、梨菜は普段のポップシンガーとは違う表現を見せた。
まるで歌姫のような伸びやかな歌唱で、こんな表現もできるのかと正直言って驚いた。
日本人シンガーにとって、洋楽のカバーは簡単なものではない。
体に流れているリズムや音階が根本的に異なるから、それっぽく寄せて歌っているように見えてしまいがちだからだ。
しかし、梨菜の「You Raise Me Up」はとても自然だった。それに僕は驚いたのだ。
M10. 大切な人の大切な人
ミュージックビデオもリリースされている、世界平和を願う曲。
「世界平和」という大きなテーマを歌うことは、シンガーソングライターにとってハードルが高い。
そう僕は感じている。
しかし、梨菜はそんなことをまったく感じさせず、まっすぐに「世界平和を願って歌う」と言う。
今の時代を直視して、歌うべきことを自分の言葉でしっかりと書き、意思を持って歌う梨菜の姿に、僕はとても刺激を受けている。
「人からどう思われるか」ではなく、「自分が何を歌いたいか」に純粋に従うことの大切さを、僕は彼女から学んでいる。
M11. 桜道(初披露)
梨菜が中学生のころ、シンガーソングライターを志してはじめて書いたという曲。
リメイクして初披露されたこの曲が、僕にとってこのライブで2番目に印象的だった。
歌い出し時点では初々しさを感じさせる歌詞が、だんだんと深みを増していく。
これは、大切な人との別れを歌った曲だと理解して、心がギュッと締めつけられた。
はじめて書く歌詞というものは、歌うたいにとって原体験であることが多いし、フィクションだとしても、何らかの原体験から導かれるテーマであることが多い。
最新作を披露するワンマンライブで初期の曲を引っ張り出してくる必要性は低いし、成長したミュージシャンがわざわざリメイクする過去の曲というのは、それなりの意味があるものだ。
おそらくこの歌は、梨菜にとってすごく重要な意味があったのだと想像する。
彼女は、この歌に込めた想いを語らなかった。
だからこそ、この歌が僕の心に深く残ったのだ。
M12. 等身大
動揺する僕の心をよそに、梨菜は観客に次曲の手拍子のレクチャーをしている。
大学の卒業制作として書き上げた「等身大」は、彼女自身の夢に向かって走る気持ちを素直に乗せたアップテンポナンバーだ。
「好き」を信じて走り続ける人にしか見えない景色、そして、その走る姿を見て勇気をもらう人たち。僕も、その一人だ。
M13. 原石
本編ラストナンバーは、このレコ発ライブでリリースされたEP「ひきがたりずむ vol.3」のリード曲「原石」。
僕にとってこのライブで最大の衝撃が、この曲だった。
マイナー調で始まり、転調を繰り返し、目まぐるしく表情を変える組曲のような曲。
たった4分間とは思えないほどの感情の振り幅と音楽の喜びを詰め込んだ、宝箱のような曲。
梨菜が積み上げてきた音楽的知識と技術の粋がすべて詰まっていると感じた。
そして、何よりも、僕がずっと見たかった、彼女が心に秘めている「本当の想い」を、この4分間に見せてもらうことができたのだ。
これまで吐き出せなかったもどかしい気持ちを、隠さずに低音で独白するAメロ。
自分自身を客観的に観察しながら、本当の気持ちを吐き出すことを肯定するようなBメロ。
その溜め込んだ本当の気持ちを、一転してメジャー調に転調し「きっと夢は叶う」と言い切るサビで、圧倒的なカタルシスが与えられる。
かと思えば、改めて2コーラス目のAメロでマイナー調に再度落とされる。しかしその瞳には青い炎が燃え、夢を叶えるために、もう迷わない決意を示す梨菜がいる。左手で奏でる低音のリズムに呼応する右手の高音。
他の誰でもなく、自分自身に集中することを宣言するBメロの裏では、彼女のルーツであるクラシックピアノを思い起こす鮮やかな音階移動の旋律が流れている。
2番のサビは、大きすぎる未来に対する恐れを吐露しつつも、すでに届くことをイメージしている。
なおかつ、その届いた時に、今この会場にいる「支えてくれている人たち」のことを思い出すことを歌っている。
間奏のゆったりしたピアノと、後ろ指を差されても心の声だけを信じて進む、と力強く語る落ちサビ。
転調を経て、一段を明るくなった音の世界の中、「夢を叶えることで、今日まで出会った大好きな人たちに幸せを返す」と歌い、この歌は幕を閉じる。
会場ではじめてこの曲を聴きながら、涙が両頬を伝った。
そして今、歌詞を読みながらCDを聴き直し、この原稿を書く視界がぼやけている。
「原石」というのは、いずれ光り輝く宝石のことだ。
宝石にならなければそれはただの石であり、原石ではない。
梨菜はきっと、宝石として光り輝くことを、心に決めたのだ。
それは決して簡単な道ではないし、怖いことでもある。
それでも、夢を叶えるために歌うことを、彼女は心に誓ったのだと思う。
会場に入ってきた時の落ち着いた表情は、ファンのみんなの顔を見た安心感だけではなく、光り輝くことを決めた「原石」の、決意の表れだったのかもしれない。
拍手が鳴り止むことなく、当然のようにアンコールが訪れた。
En.1. この声で Guest Guitar 加治良浩
En.2. Smile Guest Guitar 加治良浩
もちろん、2曲とも素晴らしかった。
加治良浩氏のギターに乗せて、ハンドマイクで歌う梨菜は、ピアノ弾き語りだけでなく、シンガーとしての力量を力強く示したし、最終曲「Smile」はただただ多幸感で包んでくれた。
終演後、「晴れのち桜」の相方つづみがバースデーケーキをステージに届けた。
会場のファンみんなと一緒に「Happy Birthday」を歌い、写真撮影をして、幸せなライブは終幕した。
梨菜の歌声は、まるでピアノのようだと感じる。
88鍵という音域の広さや、消え入るような微かな音から轟音まで自在にコントロールできる音量などから、ピアノは「楽器の王様」と呼ばれる。
多くの女性シンガーが苦手とする低音域を、梨菜は温かみと説得力を備えた声で確かに歌いこなす。
歌の醍醐味である中高音を、時に力強く、時に柔らかく、透明感あふれる声で自在に歌い上げる。
歌うように奏でるピアノと、ピアノを奏でるような歌声。
彼女の瞳の奥底で燃えている青い炎がその歌声に宿った時、こんなにも素晴らしいライブが生まれるのだ。
思えば4ヶ月前も、同じような感動に震えていた。
梨菜の相方、つづみのワンマンライブ。
本編ラストの曲「ここから」を聴いて、居ても立っても居られないほどの感動を覚えた。
そして昨夜、今度は梨菜のワンマンライブで、「原石」を聴いて、震えている。
嫉妬するほどの才能に出会った時、もはや僕は、隠す必要などないと思っている。
素晴らしいものは素晴らしいのだ。
いや、そんなことを言っていられない。
そんな梨菜とつづみと、そして、敬愛する音楽家・前田克樹さんと、僕は一緒にライブをやるのだ。
僕だって負けていられない。
嫉妬する才能たちと、大きな背中を見せてくださる憧れの音楽家と、僕は一緒に素晴らしいライブをつくる。
受け取った感動と刺激を、しっかりと僕自身の音楽の糧にしていきたいと思っている。
梨菜ちゃん、昨夜は本当におつかれさま。
きっと夢は叶うよ。
僕も、そう思う。