衆院選、墓参り、あれこれ
こんにちは、おくざわ高広です。
今日は、久しぶりに政治に関する考えを書きたくなったので、お付き合いください。
先日、衆議院議員選挙が行われ、与党(自公)が過半数割れをしたことは多くの方が知るところかと思います。
過半数を得る与党がいない不安定さ=良い意味での緊張感⇒国益にかなう熟議と決断がなされる可能性が高まるのではないか
という希望的観測もありますが、一体どのような国会運営がなされるのか、気になるところです。
今回の衆院選を振り返ってみると、すべての判断基準が「自民か非自民か」「裏金か裏金でないか」といった「白か黒か」に単純化されていたように思います。社会は割り切れないことで溢れているのに、人々の価値観やライフスタイルは多様化が進んでいるのに、政治はその逆の道へ、割り切れる答えを求め、どんどん二項対立へと進んでいるように思えてなりません。ただ、「右でも左でもなく上へ」という言葉で、政策本位の主張をした国民民主党が、無党派層、若者・現役世代に支持されたことは、ひとつの希望とも感じたところです。
また、故安倍晋三元総理が亡くなられてから、自分の考えと違えば、暴力(言葉の暴力含む)に訴えて解決しようとする方も散見されます。今回の衆院選でも、そのような暴力を報道やSNS等で目にした方もいらっしゃるかと思いますが、これは本当に間違った考え方だと思います。歴史を紐解けば、物事を決める際に暴力が正当化されていた時期もありましたが、暴力による解決をしないために、政治や選挙という物事を決める仕組みが生み出され、誰もが政治や選挙に参画する権利を獲得してきたのが現在だと思います。私の大好きなマンガ「クニミツの政(まつり)」の中で、
「殴ったら政治じゃないよ。国民に殴り合いをさせないために僕らはいるんだから。」
というセリフがあり、まさに、この言葉の意味を考えるときだなと思っています。
私は、都議の頃から「白でも黒でもない、第三の選択肢を見出す」ことが次の時代を担う政治家の役割だと考え、実行してきましたし、その考えは今も変わりません。次の時代において、この考え方を体現していく必要性を強く感じていますし、その役割を担いたいという気持ちはより一層大きくなっています。
しかし、私の目指すところは、まだまだ遠いところにあります。その立場を担うにふさわしい人格や能力、知識や経験はもちろんのこと、暮らしを支える生活基盤や挑戦を支えてくださる仲間がいなければ、名乗りを上げることすらできない場所です。はやる気持ちをぐっとこらえて、今できることを、できる限りの力で取り組んでいきます。
そんなわけで、
初心に帰るため、親父の墓参りへ。
政治家を目指すと言ったとき、初めて「それはいい。がんばれ。」と言葉に出して応援してもらったことを今でも思い出します。その言葉から一年も経たずに亡くなってしまうとは夢にも思わず、後悔ばかりが残りますが。。
今もなお、厳しくも優しい目線で見守ってくれていると信じて、生き抜いていきます!
たまたま入った佐野ラーメン屋で、町田の老舗岡直三郎商店の醤油と巡り合うのもご縁ですね〜
というわけで、ポエム的な長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!
皆さんからサポートいただけると、「自分の経験が社会に役立ったのかな」と「書いてよかったな」と実感することができます。いつも、ありがとうございます!