マイナス金利をファイナンス理論に適用すると
2018年7月の政策決定会合でややトーンは弱まりましたが、日銀は依然としてマイナス金利政策を維持しています。
マイナス金利は経済だけでなく、会計方面にも大きな影響を与えます。
というのは、会計やファイナンス理論で重要となる将来キャッシュフローの現在価値の計算に際し使用する割引率は、国債等の運用利回りをベースにするからです。
投資の意思決定の問題を考えてみましょう。
投資の際には、投資金額以上の資金回収が得られるかどうかが重要な判断材料になります。
そのため、現在投資しようとするキャッシュと、将来回収できると予想されるキャッシュを比較しなければなりません。
しかし、手元に存在する100円と将来手にすると予想される100円は、同じ100円でも同等でありません。
1年後の100円は現在の100円に比べて、2つの点で見劣りするからです。
一つは運用利息です。
現在の100円は預金をしたり、国債を買ったりすれば1年後には利息が付きますから、元利含めて100円を上回ります。
もう一つは確実性です。
現在は確実ですが、将来は不確定です。
ですから、現在時点と比較する将来のキャッシュはある一定の利率で割り引いて計算する必要があります。
その利率を割引率といいます。
割引率は国債等のリスクフリー(元本毀損リスクがない)レートに個別のリスクを加えたレートになります。
たとえば、割引率が10%とすると、1年後に手にするとされる100円は90.9円(100円÷1.1)と評価されます。
つまり、今100円投資して、1年後に100円回収できると予想できても、投資採算には合わないと判断できます。
最低限1年後に110円回収できたとき、今の投資の100円(110円÷1.1)と同じ価値になります。
これが割引率がプラスのときの通常の投資判断になります。
運用金利がプラスであれば、そこに個別リスクを乗せますから、割引率は必ずプラスになります。
マイナス金利政策で国債金利がマイナスになるとしても、マイナス幅には限界がありますし、そこに個別リスクを上乗せしますから、割引率はプラスになると考えてもいいと思います。
ただ、やや頭の体操的にはなりますが、仮にマイナス金利が極端に振れ、割引率がマイナスになるとどうなるか考えてみましょう。
たとえば、割引率が-10%だったとしてみます。現在の100円は-10%で運用すると、1年後には90円になってしまいます。
つまり、1年後の90円が現在の100円(90÷0.9)と同等になり、90円を超えて回収できるとすれば、今100円投資することが合理的だという結論になってしまいます。
しかし、100円投資すれば1年後に90円回収できるから投資するというのは明らかに不合理です。
なぜなら、そんなことなら投資せず現金で100円持ち続けた方が有利だからです。
このように現金保有にマイナス金利を付けられないという前提ではマイナス金利に基づくファイナンス理論は崩壊してしまいます。
ここから分かることは、マイナス金利政策の最大の弱点は現金にマイナス金利を付けられないことにあります。
これはファイナンス理論だけではなく、マイナス金利全体に当てはまる議論です。
現金にマイナス金利を付けられない以上、そのひずみは銀行が一身に背負わなければなりません。
そう考えると、マイナス金利は長く続けられる政策ではありません。
逆に、強力に長く続けるようであれば、銀行は持ちこたえることはできないでしょう。