ひきこもりおじいさん#77 煩悶
八重子は向かって左側の奥の窓際のベットに寝ているらしく、隆史が見る限りでは入院患者は八重子だけだった。病室内は八重子以外は誰もいないせいか静けさに満ちて、先行する純の足音がやけに反響して聞こえる。そして純が八重子の寝ているベットのカーテンに手を掛けた時、
「あの、良かったですね。蒼山さん、大したことなくて・・・」
ふと思い立って隆史は目の前の純に話しかけた。今までほとんど言葉は交わさなかったが、よく考えれば、年齢も近いし、話も合うと隆史は勝手に思い込んでいたのだ。
「大したこと・・・ねえ、それどういう意味なの?もし、今回のことでおばあちゃんに何かあったら、私、絶対あんたの事は許さないから!」
鋭い視線で隆史を睨み付けて純が言い放った。
「いや、僕はその、そんなつもりじゃ」
純の気迫に押されて隆史は言葉に詰まってしまう。一瞬にして場が凍りついたように緊張し、後に続いた大澤と信之介も言葉を失っている。同時に隆史は深く考えずに軽々しく発言した自分を深く後悔したが後の祭りだった。
「純、やめなさい!隆史くんと私の病気は関係ないのよ。そんな事もわからないの!」
その刹那、純の言葉が聞こえていたのか、ベットの八重子が純に対して厳しい言葉を掛けた。
「でも、おばあちゃん・・・」
「純。あなたは頭が良いから分かる筈だよ。私のこの病気はね、どんなに良い薬を飲んだとしても心臓を徐々に蝕んでいく。だから遅かれ早かれ、今日みたいなことは起こる可能性があったの。私はそれを覚悟の上で、隆史くんに会うことを望んだのだから、今日起こった事は全部私の責任。分かるわよね?」
「うん」呟くように純が言った。
「隆史くんも、ごめんなさいね。純も悪気があった訳じゃないのよ。ただこんな事になって、ちょっと感情的になってしまったと思うの。この子のこと許してあげて下さい」
優しい声で八重子が言った。
「いや、僕は許すもなにも、全然気にしてないから大丈夫です」
隆史はそう言いながら、八重子と純のこの関係性を改めて羨ましいと思った。もし自分が逆の立場だったら、おじいさんを守るために、あれだけの想いを込めた言葉を言い切ることが出来ただろうか?いや、出来ないだろう。答えの出ない疑問がぐるぐると頭の中を煩悶していた。