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ひきこもりおじいさん#32 何、この人?

「さぁ、残り物しかないけど、ご飯食べちゃって!」
美幸が隆史を促すように言った。
「あの杉本さん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「なに?」
「さっきの電話なんですけど、なんで初めて話した母さんとあんなに上手く話すことが出来るんですか?」
隆史が質問する。
「それは多分、私の仕事が関係してると思うわ。私ね、ある大きな会社で電話受付の仕事をしてるの。それで、トラブルで感情的になってしまった方と接する機会が多いから、まぁわりと慣れてるのよ」
「なるほど」
「どう納得した?」
「はい。あの、もうひとついいですか?」
「なに?」美幸が微笑みながら返す。
「松田さんとは、どこで知り合ったんですか?」
勢いにまかせて隆史が聞いた。
「信ちゃんと初めて出会ったのは、ある小劇場の公演に友達が出演していてね。私その公演に招待されたから観に行ったのよ。そしたら信ちゃんも同じ公演に一緒に出ていたの。その時の信ちゃんがやけに暑苦しくて泥臭くてね。最初は何、この人?って思ったけど、でもなんだか、だんだん輝いて見えてね。それから友達に紹介して貰って、何回か食事したり遊んでいるうちに、信ちゃんの魅力に惹かれて好きになって、付き合うようになった」
「一目惚れってことですか?」
「まぁ、そんな所ね。それに信ちゃん、さっきみたいに突然変なこと言うじゃない?何かそういう所も憎めなくて、そういうのは私には無い部分だから。あと今は、劇団に所属して役者もやってるのよ。ただその劇団が活動停止中でね、それで時間があるから、あの喫茶店の雇われ店長やってるの。私もそういう人をなんとなく放っておけなくて・・・」
美幸が優しく言った。
「それで松田さんと杉本さんは結婚してるんですか?」
その真っ直ぐな隆史の言葉を聞いた時、美幸の表情が一瞬、曇ったように見えたが、すぐに霧のように音もなく消えた。
「う~ん、結婚してる訳じゃないけど、信ちゃんとはここに一緒に住んでるの。もう四年になるわね」
「同棲ってことですか?」
「そうね」
二人の間の空気が何故かその時だけ、少し重くなった気がして、隆史はそれ以上聞くことはしなかった。沈黙がその場を静かに支配する。
「あ~!さっぱりした~!」
その時、 まるでタイミングを見計らっていたように、場違いなくらいテンションの高い声を発して信之介がタオルで髪を拭きながら、浴室から出てきた。
「お、今日は唐揚げじゃん!旨そうだなぁ。あれ?みんな食べないの?」
信之介が二人を不思議そうに見ながら言った。
「うん。ちょうど今から食べようと思ってたの、ね?」
美幸が隆史に目配せする。
「はい、いただきます!」
目の前に置かれたお茶碗と箸を持つと、隆史はご飯を口に運んだ。

#小説 #おじいさん #女性 #トラブル #同棲 #目配せ

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