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ひきこもりおじいさん#87 エンジン音

「松田さん、杉本さんの実家の住所ってどこですか?」
「え?」
驚いた顔を信之介が上げた。
「杉本さんの実家はどこですか?」
念を押すように隆史が再度聞くと、戸惑いつつも信之介がダイニングの隅にある沢山のメモが貼られたコルクボードを指差した。隆史はコルクボードの前に行き、そのメモの中から美幸の実家の住所が殴り書きされた一枚を見つけて手に取った。
「群馬県・前橋市・×××・・・これが杉本さんの住所なんですね?」
「・・・そんな事聞いて、どうするの?」
そんな信之介の問いかけは無視し隆史は毅然とした態度で、既に決定された事実を告げるように言った。
「僕は明日、前橋に行き、杉本さんに会って来ます」
「どういうこと?」
「正直、自分でも分かりません。杉本さんの実家に行ったとしても本人に会えるかどうかも分からないですし、仮に会えたとしても何を話していいのかも分かりません。でも、何も動かずに悩むくらいなら、行動した方が良いと思うので・・・」
「まぁ理屈としては分かるよ、でも何で隆史くんが前橋に行くの?」
「松田さんが行動しないから、僕が代わりに行くんです」
「はぁ?」
隆史は自分でも矛盾するおかしな事を言っていると思ったが、もうそんな些細な事はどうでもよかった。
「ハッ・・・もう勝手にすればいいよ。俺は寝るから」
そう言って信之介は別室に消え、ひとりダイニングに残った隆史は虚空を見つめるように、じっと前を見ている。すると鮮烈なエンジン音を響かせたバイクが、あの夏の夜と同じように何処からかやって来て、一瞬で走り抜けて行った。あの時と同じバイクなのだろうか。そんな疑問が隆史の頭をよぎった。

#小説 #おじいさん #実家 #前橋 #エンジン音

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