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ひきこもりおじいさん#13 開かずの部屋に入った物語の主人公

それから二人は、其々がプリントを持ち階段を昇り始めた。昇りながら隆史は紀之の決断力のある行動に驚きつつも、自分の今している行動に何故か現実感が持てなかった。
おじいさんの部屋の前に来ると、お互い黙ったまま顔を見合わせる。中から物音はまったく聞こえず、部屋にいるのかどうかは判然としなかった。
「紀ちゃん。今日って、そもそもおじいさんいるのかな?」
「さぁ、わかんないけど、多分いるんじゃない」
二人は部屋の襖に耳をそばだてて、物音から何かしらの情報を得ようと集中していたけれど、部屋の中からは何も聞こえず、沈黙だけが二人の間に流れた。隆史の目前にあるおじいさんの部屋の襖が、祖父母参観のプリントを渡すという特殊な目的を持って立つと、なんだかとても大きくて重たい鉄の扉のように思えてきて、隆史に見えない圧力のようなものを与えている気がした。
「おじいさん、いますか?」
紀之が沈黙を切り裂くように部屋に向かって言った。だが反応はない。
「おじいさん、いますか?」
もう一度、紀之がさっきよりも大きな声で言ったが、やはり反応は無かった。
「やっぱりどこかに出掛けてるんだよ。下に戻ろう紀ちゃん」
そう言って隆史が少し安堵しながら促したが、紀之は襖の前から動こうとしなかった。
「ちょっと、待って」
そう言うと紀之が、恐る恐るおじいさんの部屋の襖を開け始めた。
「おじいさん、います?」
「紀ちゃん、勝手なことしない方がいいって!」
隆史も紀之の行動を止めてはいたが、内心は勝手な事をしておじいさんの怒りに触れるリスクよりも、目の前に広がっていく未開の光景が自分にどんな刺激と興味を与えてくれるのか、そんな単純な好奇心には抗えなかったのだった。
紀之の左手が部屋の襖を躊躇なく開けていく、その隙間から少しずつ中の様子が目に入ってくると、それにつれて後ろにいる隆史の心臓の鼓動も緊張で少し早くなった。
部屋は薄暗く、最初は中の様子がどうなっているのか分からなかった。だが徐々に目が慣れると、全容が明らかになる。部屋は全体的に物が多く乱雑としていて、整理されて置かれていないせいか統一感は感じなかった。また日中でも部屋を閉めきっていて、換気をしていないせいか部屋の隅々に淀んだ空気が溜まっている。部屋の中央には炬燵が置かれ、その周りを布団や大量の古新聞紙が囲っており、奥には何十冊もの手相や占い関係の本が積まれていて、その横には箱に入っている小銭が見えた。二人が恐る恐る部屋の中に足を踏み入れると、なんだか隆史は立ち入り禁止の規則を破って開かずの部屋に入った物語の主人公になったような気がして、自ずと好奇心は高まっていた。部屋の中には古新聞のインクの匂いや布団が湿気を吸って発する匂いが合わさり、おじいさん独特の生活臭を形成し充満していて、部屋の住人はいないのに、なぜか逆に近くにいるような存在感を感じた。
「おじいさん、いつもここで過ごしてるんだ」
隆史が呟きながら、紀之をゆっくりと追い抜いて部屋の奥に積まれている本を無造作に手に取ろうとしたが、
「おい、勝手に人のものを触んなよ!」
紀之に注意され思わず隆史の手が止まる。紀之は部屋の中を観察して、思うことがあるのか古新聞の束を見つめたまま黙っていた。
「そこに何かあるの?」
隆史が不思議そうに聞いた。
「いや、何かある訳じゃないんだけど、どこから新聞持ってきてるのかなと思って」
と紀之が言った時だった。庭の砂利を誰かが踏み小石が擦れる独特のジャッ、ジャッという音が隆史の耳に届く。反射的に近くの窓から外を覗くと、おじいさんが自転車を押してちょうど外出から戻って来たところだった。
「ねぇ、おじいさんが戻ってきたよ!」
「本当に?やっぱり、戻ろう」
紀之は言うか言わないかのうちに素早く身を翻して部屋を出て、隆史も慌ててそれに従って部屋を出た。部屋を出る時、焦った隆史が襖を閉め忘れそうになり、
「ちゃんと閉めろって、部屋に入ったことが判っちゃうだろ!」
紀之に注意され、慌てて隆史は少し開いていた襖をしっかりと閉めた。その際、夢中になった小説を最後まで読み終わってしまうような、そんな少し寂しい気分に思わずなり隆史自身が驚いた。
二人はなるべく音を立てずに一階の居間に戻り、また座布団に座る。そして玄関からおじいさんが戻ってきて階段を昇っていく音を、二人して耳を澄まして聞いていた。おじいさんはいつもの静かな足取りで部屋に入る。隆史はおじいさんが何をしに、何処に出掛けていたのか?そんな疑問も脳裏を一瞬かすめたけれど、流れる霧のようにすぐ消えてしまった。居間には隆史と紀之、二人だけの空気が流れていて、ふとした瞬間に目が合い、お互い声に出さずになぜか笑った。笑った理由は隆史にもよくわからなかった。

#小説 #おじいさん #プリント #部屋 #薄暗さ #埃

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