ひきこもりおじいさん#74 呻き声
そこまで言うと、ゆっくりと深呼吸をして八重子は隆史と大澤の顔を見た。八重子の表情には、いつの間にか疲労の色が濃くなっているように見えた。呼吸も乱れており、額には冷や汗らしきものも光っている。
「・・・それから二人はどうなったのですか?」
隆史が我慢出来ずに催促する。
「いや、ちょっと待った隆史くん!蒼山さん、少し休みましょう」
八重子の異変を感じて遮るように大澤が言った。
「お気遣いありがとうございます。でも、私なら大丈夫ですから」
「いや、でも・・・」
そんな大澤の気遣いを無視するように八重子はそのまま続けた。
「それから数日間、無風の凪のような静かな時間を過ごし、当日の朝を迎えました。朝になると幸恵は前日までにまとめた荷物を持って、朝早く出掛けて行ったのです。私は手紙を書いた日以来、幸恵とまともに口を聞いていなかったので、別れ際に幸恵が『八重ちゃん』とだけ言ったのが聞こえましたが、私は布団を被って幸恵の顔を見ようともしませんでした。そして、それが・・・それが・・・」
その場の全員が八重子の発する次の言葉を待っている時だった。突然、八重子は小さな呻き声を発して、左胸を押さえ、前方のテーブルに倒れ込んだ。その瞬間、何が起こったのか理解出来ず、隆史は動けない。まるで隆史の存在するその空間と時間が、一時停止ボタンを押したように全てのものを止めたようだった。
「ちょっと、おばあちゃん!おばあちゃん!しっかりして!」
そう叫び、八重子の容態の変化を鋭く察して、隼の如く素早い行動を起こしたのは隣にいた純だった。続いて慌てて大澤と信之介が近くのスタッフに声を掛け、救急車を呼んでもらう。そうして突如としてその場は、騒ぎを聞きつけたラウンジやホテルの野次馬客で騒然となった。ただそんな騒ぎの中でも隆史はこの事態をなす術もなく、ただ傍観者として見ていた。いや見ていることしか出来なかった。
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