賃金>年金>物価 ならOK
財政検証シリーズ第5弾は、将来の給付水準を表す所得代替率と物価で割引いた実質年金額について解説します。
所得代替率は低下するけど、年金額は増える?
前回のnoteで新聞記事の誤りについて指摘しましたが、財政検証の結果が示しているのは、経済成長と労働参加が進むケースでは、将来の年金額は物価上昇分を割り引いても増加し、経済成長と労働参加が一程度進むケースでは、将来の物価上昇分を割り引いた年金額は概ね横ばいないし微減というものでした。
このように説明すると、「将来の年金は2~3割減るんじゃなかったっけ?」と疑いの眼差しで見る方もいるでしょう。でも、間違いではありません。2~3割減るのは、所得代替率で年金額ではないのです。
下の図を見て下さい。経済成長と労働参加が進む前提であるケースⅢの年金額と所得代替率の見通しを示したものです。
図の中で、緑の棒グラフで表されているのが、モデル世帯の年金額です。2019年度で22.0万円ですが、マクロ経済スライドによる調整が終了する2047年度では24.0万円と物価上昇率で割り戻した年金額は増えています。
一方、図の赤い棒グラフで表されているのが、現役男子の手取り収入です。緑の棒の年金額より、増え方が大きいですね。
そうすると、結果として年金額を現役男子の平均手取り収入で割った、所得代替率は、2019年度で61.7%だったものが、2060年度には50.8%に低下しています。
「物価上昇率で割引いた年金額は増加しているのに、所得代替率は低下している」・・・これは私たちの年金にとって良いことでしょうか?それとも悪いことでしょうか?
賃金・消費支出・物価の関係
下のグラフを見て下さい。1970年からの賃金、消費支出、消費者物価の伸びを示したものです。消費支出に関しては、全体の額とその内衣食住に関連した基礎的消費の額の2つを示してあります。
このグラフから、次のようなことが言えると思います。
・全消費支出は、賃金の伸びほど増えないが、物価の伸びは上回っている。
・基礎的消費は、物価の伸びと概ね近い。
これを、先の財政検証の結果に当てはめて考えると、将来の年金が賃金の伸びについて行かなくても、物価の伸びを上回っていれば、将来の消費に必要な年金額は確保できる、と言えるのではないでしょうか。
財政検証のもう一つ別のケースとして、経済成長が横ばいとなるケースⅤを見てみましょう。
このケースでは、年金額はマクロ経済スライドによる調整が終了する2058年度では、物価で割引いた年金額は20.8万円で、現在の金額(22.0万円)よりも1.2万円ほど低くなってしまいます。
年金額が物価の伸びをわずかに下回る程度であれば、基礎的消費部分の伸びは何とか賄えますが、賃金が上昇し生活がより豊かになる部分までは賄えないかもしれません。
でも、現在の年金額22.0万円に所得代替率の下落率28%(=1-44.5/61.7)を当てはめた、15.8万円で今の生活を賄わなければならないという考え方は、少々ミスリードではないかと思います。
所得代替率と年金額を合わせて評価しよう
所得代替率は、将来の賃金や物価の水準に関係なく、年金の給付水準を比較することができ、法律で定められている給付水準の下限も所得代替率で示されています。
また、これによって所得の再分配効果の評価もしやすいので、公的年金の給付水準を議論する上で重要な尺度です。
所得の再分配効果に関しては、下の資料をご覧ください。ケースⅤにおける2058年度の所得代替率と年金額が示されています。横軸が賃金水準で、賃金水準が高ければ、年金額(赤い線)は増えていきますが、所得代替率(緑の線)は低下していきます。
所得代替率は年金制度の評価をする上で、重要な指標ですが、所得代替率が低下する分を、ダイレクトに年金額に反映して見ることもミスリードです。なぜなら、先に示した通り所得(賃金)の伸びほどには消費は伸びないからです。したがって、将来の年金の購買力を見るためには、物価で割引いた年金額も併せて見る必要がある訳です。
このように、所得代替率と物価で割引いた年金額は、どちらも将来の年金の給付水準を評価する上で重要な指標です。一部の野党の議員さんは、どうもそこら辺が理解できないようで、「年金カット追及ヒアリング」などと騒いでいますが、時間の無駄にしか思えません。そのエネルギーを、適用拡大の議論に向けて欲しいと思います。
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