年金部会における議論の整理について
みなさん、こんにちは!年金界のやじ馬こと、公的年金保険のミカタです。昨日はクリスマスイブでしたが、今年最後の年金部会が開催され、財政検証の結果が公表された7月以降、年金制度改革について、部会で重ねられてきた議論を整理した報告書(案)が、厚労省より提出されました。
議論の整理について、権丈先生のコメント
報告書に挙げられた制度改革の主な項目は以下の通りです。
被用者保険の適用拡大
いわゆる「年収の壁」と第3号被保険者制度
在職老齢年金制度の見直し
標準報酬月額上限の見直し
基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了
高齢期より前の遺族厚生年金の見直し等
年金制度における子に係る加算等
報告書の内容について、部会の各委員が順番にコメントしていく流れでしたが、私が注目したのは、やはり大トリを務めた権丈先生がどのようなお話をするのかということでした。(注:紅白歌合戦ではないので、発言順は委員の序列を表すものではなく、単に権丈先生だけがリモートでの参加となっていたためだと思われます)
以下に、権丈先生の発言をまとめました。
改革のキーワードとして「働き方に中立」に加えて「雇い方に中立」という言葉が入ったのは、大きな前進である。
メディアと世論の関係について、過去の年金破綻論を信じて未納を続けたり、繰り上げ受給をするという判断ミスを犯し、今となって困っている人が出ていることの責任はメディアにあると思っている。
「3号はお得で不公平な制度」とか「年収の壁は大問題で働き損」と報じられると、人は3号のままでいようとするし、就業調整をしようとする。
日本の年金制度は、報告書にも書いてある通り、1人あたりの賃金水準が同じであれば、片働き、共働きなど世帯類型に関わりなく負担、給付ともに同じになる構造となっている。
社会的な男女格差の問題の原因が3号被保険者制度にあるという報道が、3号制度を利用する必然性のない若い世代の人たちにまで、就業継続を止めさせたり、就業調整をさせているのであれば罪が大きいと思っている。
メディアには、3号の利用を促したり、就業調整を増やす報道というのは止めてもらいたい。
基礎年金は、最低保障年金ではないし、ベーシックインカムでもない。これらの論を唱える人たちは、日本の年金制度をホラーストーリーとして語らなければならない。
非正規雇用が長く、免除や納付猶予を受けてきた人たちにとって、基礎年金の底上げというのはどれだけ効果があるのか。そして基礎年金の底上げをすべての人に満遍なく給付を行うために莫大な財源を要する。
調整期間の一致(マクロ経済スライドの早期終了)は、経済前提の「過去30年投影ケース」に基づいて議論されてきたが、これは、「財政検証は単なる投影であって予測ではない」として、経済前提に発生確率などウエイトをつけずにいた従来の方法を、年金局は自ら否定することになったのではないか。
調整期間の一致は、財源とか、所得代替率を改善するという点において、基礎年金の拠出期間の45年延長や、さらなる適用拡大と競合することになり、これらにとって「トロイの木馬」となると予言している。
期待を裏切らない(悪い意味で)日経
権丈先生から「未納や繰上げなど、選択を誤って後悔している人たちが少なからずいるのは、メディアに大きな責任がある」、「3号がお得だとか、年収の壁で働き損という報道は止めて欲しい」と言われたにもかかわらず、日経は次のような記事を堂々と出して、期待と裏切らない(悪い意味で)働きをしています。
人手不足が強まる日本で「年収の壁」が注目を集めている。もっと働きたいのに、保険料の負担で世帯の手取りが減らないように就労時間を抑える問題だ。「働き損」と批判する声も多い。
こんな壁が生まれた根本原因は第3号被保険者制度にある。働いて収入を得ていても、年収が130万円あるいは106万円になるまでは扶養家族として扱われ、保険料を納めずに済む。
「負担なき給付」の優遇が大きいがゆえに、それが外れたときの負担の重さが際立つ。その段差が年収の壁の本質だ。であれば、優遇をなくすことが壁を壊す解になる。
まあ、日経の政治・経済方面の記者に対しては、あきらめるしかないと思いますが、マネー面での挽回を期待したいと思います。
それでは以下に、権丈先生のお話しと関連すると思われる解説やデーターについて、さらっと見ていきたいと思います。
1人当たりの賃金水準が同じであれば負担と給付は同じ
報告書(案)3ページより(太字による強調は筆者が加えたもの)
我が国の公的年金制度の基本的な構造は、1985(昭和 60)年の年金制度改 正(昭和60年年金改正法)によって、それまで国民年金と厚生年金で別建て になっていた体系から、給付について新たに全国民を共通とした1階の基礎 年金(国民年金)と2階の報酬比例部分(厚生年金)に再構成されたことを基礎とする。
その際、それまで夫名義の年金で夫婦2人が生活できるようになっていた給 付設計を見直して、サラリーマン世帯の専業主婦を国民年金の強制適用対象と し、第3号被保険者として自分名義の年金権を確立した。これにより公的年金は、一人当たりの賃金水準が同じであれば、片働き、共働きなど世帯類型に関わりなく負担、給付とも同じになる構造となった。
上の文章の最後の一文を図解したものが、下の図です。もし、3号制度を廃止して一番上の片働き世帯の妻に国民年金保険料を課せば、この図の関係は成り立たなくなり、再分配効果にも歪みを生じることになるでしょう。

また、「被扶養配偶者を有する厚生年金被保険者が負担した保険料について、当該被扶養配偶者が共同して負担したものとする」という離婚分割の基となっている考え方についても矛盾が生じてしまいます。
3号問題は、単に、専業主婦(夫)に国民年金保険料を課せば解決するものではなく、まずは、適用拡大を進めることによって3号の数を減らしていくことが優先されるものだと思います。
雇い方に中立な制度
いわゆる「年収の壁」では、「働き方に中立な制度」であるべきという報道がよく見られますが、権丈先生がおっしゃる通り、「雇い方に中立な制度」という観点も重要です。
今回の改革では、最低賃金の上昇に合わせて収入要件が撤廃され、「週20時間以上」という労働時間の条件が残ることになりますが、保険料負担を避けるために、パートの勤務制度を「1日6.5時間で週3日まで」という風に定めている企業は少なくありません。
そうしておきながら、人手不足だから社会保険料を国に補助してもらおうというのは、何とも厚かましい限りです。
そこで、下の図のように、週20時間未満の労働者については、まず事業主負担を課すことによって「雇い方に中立な制度」とする必要があるのではないでしょうか。これが、岸田元首相が、政調会長時代に立案した「勤労者皆保険制度」です。

事業主負担を課すようにすれば、彼らにとって、非正規雇用を選好するインセンティブはなくなり、自然と「働き損」とか「手取りが減る」といった報道も減っていくのではないでしょうか。
このように言うと、経営体力の弱い中小企業は耐えられないという話が出てきますが、残念ながらこればかりは仕方ありません。
今でも、中小企業の中には、従業員の保険料分を賞与に上乗せして還元しているところもあります。要は、中小とはいっても企業である以上は、市場の競争に委ねるべきで、余計な助成金を配ったりしないことが重要です。
その結果もし、倒産する企業がでても、そこで働く従業員に対して、再就職支援とその間の経済的支援を手当てするようにすればよいのではないでしょうか。
基礎年金が3割減るっていうけれど
そもそも、今回の制度改革の議論の中では「基礎年金が3割減って大変だ」と言われてきましたが、実際どういうことなのか、見てみましょう。
下の図は、経済前提が悪い方の「過去30年投影ケース」における所得代替率と年金の実質額の将来見通しを、モデル世帯について表したものです。

ここで3割減ると言われているのは、所得代替率の基礎年金部分が、36.2%(2024年)から25.5%(2057年)に低下することを指しています。
一方、基礎年金の実質額は13.4万円(2024年)から10.7万円(2057年)に低下しますが、その率は2割程度です。
しかも、この基礎年金の金額は夫婦2人分なので、1人分にすると、6.7万円(2024年)が5.3万円(2057年)に減ることになります。
ここで、ちょっとよく考えてみてください。
5.3万円の年金を6.7万円に引き上げたところで、いずれにせよ、月7万円足らずの基礎年金だけでは、生活は厳しいですよね。
そう言うと、「基礎年金だけの自営業はどうなんだ」と反論する人もいますが、基礎年金だけの人は、現在の受給者全体で1割程度、これから65歳を迎える方については5%にも満たない位なのです。
基礎年金の金額だけを論じても意味がありません。厚生年金も合わせたトータルで考えるべきではないでしょうか。
権丈先生が言われる通り、基礎年金は最低保障年金ではないのです。
将来低年金者が増えるというホラーストーリーの正体
「基礎年金が大きく目減りして、このままだと将来は低年金者が増える」というと、今の若い世代の方は年金制度に対して不安や不満を感じるのではないでしょうか。
でも、生まれた年度別の年金額分布推計を見てください。年金額が7万円に満たない低年金者の割合(グラフの左側、オレンジと青の部分)は、今65歳を迎える世代(1959年度生まれ)と比べても、将来世代の方が高くなっている訳ではありません。

また、上のグラフは、経済前提が「過去30年投影ケース」で、4つのうちの3番目のものですが、もう一段上の「成長型経済移行・継続ケース」で見ると、将来世代の低年金者の割合は、ほぼゼロになります。

これを見ると、将来の年金水準を引き上げるための特効薬は、実質成長率1%程度の経済成長であることを、改めて認識させられます。
「基礎年金が大きく目減りして.…」というホラーストーリーの正体は、枯れ尾花だったということでしょうか。
最低保障年金というゾンビ
基礎年金を最低保障年金と位置付けることの危うさは、旧民主党が公約に掲げながら、実現可能性がないことが判り、断念せざるを得なかった抜本的改革をゾンビの様に蘇らせるきっかけを与えることになりかねないことです。
下のスライドは、連合がまとめた年金制度改革の提言です。上半分の適用拡大を徹底的に進めるところまでは良いのですが、そこまで進めて、なお3号制度を廃止するために、税財源による最低保障年金制度への移行を唱えているのです。

最低保障年金は、連合以外にも、経済同友会や日本維新の会が訴えていて、一度葬られた改革案を再びゾンビの様に蘇らせようと虎視眈々と機会をうかがっているのです。
決着のついた議論を再び蒸し返して行うのは、時間のムダであり、避けなければなりません。
基礎年金に最低保障機能を求める議論は、不毛な抜本的改革派との交わりを作るきっかけになりかねないという点でも、注意が必要です。
ということで、今回の投稿はおしまい。
皆さん、メリークリスマス & ハッピーニューイヤー!