年収の壁、第3号、適用拡大、そして勤労者皆保険
みなさん、こんにちは。公的年金界の野次馬こと、公的年金保険のミカタです。・・・・って自己紹介しても、最近は3か月に1回の投稿なので、もう忘れられたかもしれませんね。
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たかはしFP相談所(公的年金保険とおカネのミカタ)(@fp_yoshinori)さん / X (twitter.com)
年収の壁の誤解を正すメディアが増えてきた
さて、久しぶりに取り上げるテーマは、相変わらず「年収の壁」についてです。最近になって、ようやく、「年収の『壁』」、「働き『損』」といった、昨年来メディアや政治家が拡散してきた誤解を正すような記事が見られるようになりました。
そんな記事をちょっと紹介しつつ、それでも私からみるとまだまだ誤解を招くなぁという部分もあるので、そこら辺について述べてみたいと思います。
今回、取り上げるのは、毎日新聞の記事です。
こちらの記事では、誤解されていることが多い「130万円の壁」と「106万円の壁」の違いについて、きっちりと解説しています(太字による強調は、筆者が加えたもの)。
「130万円の壁」は保険料負担が発生するが、保障は扶養に入っている時と変わらないので、「壁」であり、この壁を解消するための対応策が、パート主婦等の短時間労働者を、保障の手厚い被用者保険の加入対象とする「適用拡大」である、ということがきちんと説明されています。
そして、新たな壁として意識されるようになる「106万円の壁」については、メディアやSNSで発信されている情報が誤解を生み、就業調整を招いていると、述べています。
私が見る限り、テレビが「年収の壁」について発信する内容は、依然として、130万円と106万円の違いや、被用者保険に加入することのメリットについて正しく説明しているものがないように思います。
テレビの方でも、正しい情報発信をして欲しいものですね。
第3号被保険者制度はおトクな制度ではない
ところで、上で引用した毎日新聞の記事は大変良いのですが、「公的年金保険のミカタ」的には、まだ、引っかかる部分があるのです。それは、最初に引用した文章の以下の部分です。
せっかく、「被用者保険に加入することによって保障が手厚くなる」と言っているのに、最低限の保障しかない第3号被保険者を「優遇」されているというのは、矛盾していると思います。
このように、メディアが「第3号被保険者は優遇されている」と言うことが、パート主婦が第3号にとどまるインセンティブを与えているのではないでしょうか。
第3号被保険者の保障は最低限のもので、決して優遇されているとか、おトクだとかいうものではありません。
働く意欲があり、働く時間を延ばすことができるならば、わざわざ就業調整して第3号にとどまるのではなく、より長く働き、収入を増やし、それに見合った保障で生活のリスクに備えるという方が、夫婦世帯の経済的安定性を高めるものだと私は思います。
また、冒頭で紹介した2つの記事の後半の方には、次のように述べられている部分があります。
文章の前半では、被用者保険に加入するメリットについて述べていますが、最後の文章には少々違和感を感じます。なぜなら、さまざまな事情があっても、わざわざ働く時間を抑えて扶養にとどまる必要はないからです。
本来は、以下のような文章にするべきだと思います。
第3号被保険者制度は、昭和の夫婦世帯を基にした時代遅れの制度なので廃止するべきという論考ばかりが目立ちますが、単純に廃止しろと言うのではなく、今の時代に合った制度の活用を促していくような情報発信をメディアや有識者に望みたいと思います。
「106万円の壁」から「20時間の壁」へ
話を元の記事に戻すと、記事では「3号にとどまりたい」人に対して、106万円という年収の基準について、正しく理解してもらうよう、以下のような解説をしています。
壁と言われる「106万円」という年収は、元は月収8.8万円と定められているもので、その月収は雇用契約で定められている所定内賃金で、残業代は含まれません。したがって、年末に残業を控えることは意味がない、と述べています。
しかし、このように賃金の金額を基準に壁を論ずることも、これからは誤解を招くことになりかねません。なぜなら、最低賃金が上昇していくと、壁になるのは賃金の額ではなく、労働時間になるからです。
もう一度、適用拡大による被用者保険の加入要件を確認してみましょう。要件は以下の4つです。
週の所定労働時間が20時間以上であること
所定内賃金が月額8.8万円以上であること
学生でないこと
2カ月を超えて使用される見込み
したがって、時給が1,500円で週15時間働くと、賃金の月額は、97,500円(=1,500×15×52÷12、1年=52週として計算)となり、賃金の要件は満たしますが、労働時間の要件を満たさないので、被用者保険の加入要件は満たさないことになります。
最低賃金が、1,016円以上だと、週20時間働くと、賃金の月額は、88,000円を超えるので、加入要件の可否は、労働時間によって決まることになります。
東京など6都府県では、最低賃金が1,016円を超えています。いずれ、すべての都道府県の最低賃金が1,016円を超えれば、「106万円の壁」は意味がなくなり、今度は、週の労働時間「20時間の壁」という問題になります。
ちなみに、労働時間の要件も、雇用契約や就業規則で定められた所定労働時間を基準にしており、残業は含めないことになっています。
会社都合による就業調整とは
そこで、記事ではもう1つ重要な指摘をしています。
上の記事で、最後に述べられていることは、どういうことなのでしょうか。
これは、会社の勤務制度を以下のようにしているところが、相当数あるのではないかということです。例えば、私の知り合いがパートで働いている某上場企業では、パートの勤務制度は、次の2つのいずれかを選ぶことになっています。
1日の労働時間6.5時間、週3日勤務(週の労働時間19.5時間)
1日の労働時間8時間、週5日勤務(週の労働時間40時間)
この企業は上場企業ですから、従業員数はゆうに100人を超えていて、適用拡大の対象事業所となっています。しかし、1の勤務制度で働くパート労働者は、労働時間の要件を満たさないので、被用者保険の対象外となり、2の勤務制度で働くパート(といっても実質的にはフルタイムで働いていますが)だけが、被用者保険の対象となるわけです。
これは、基本的にはパートの保険料負担を避けたい会社の思惑によるもので、保険料負担するならば、いっそフルタイムで働いてもらおうという事なのでしょう。
しかし、育児や介護などの事情で、フルタイムで働けない人は、1を選ばざるを得ません。そして、1を選ぶと、適用拡大における労働時間の要件は、残業を含まないものであると説明しましたが、残業が恒常的に発生して、実態として1日7時間の勤務(すなわち、週21時間)となっている場合には、年金事務所から加入させるように指導が入る可能性があります。
年金機構が公表している「短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大Q&A集(その2)(令和4年 10 月施行分)」には、就業規則や雇用契約書等で定められた所定労働時間が実態と異なる場合の取扱いとして、以下のように定められています。
会社は、実際の労働時間が恒常的に週20時間以上となり、被用者保険の加入義務が生じないように、パートの労働時間が契約通りの時間内に収めるようにする必要があり、それが会社都合による就業調整が行われていることになるのでしょう。
会社都合による就業調整が一定程度行われているという事実は、労働政策研究・研修機構(JILPT)による「社会保険の適用拡大への対応状況等に関する調査」のデータからも、うかがうことができます。
労働時間を短縮して、被用者保険の加入を回避した者の理由のひとつに「育児や介護、病気等の事情で)働く時間を増やせないから」というのがあります。
これは、先程例として挙げた企業のような勤務制度を、適用拡大の対象事業所となることをきっかけに、導入しているところがあるということではないでしょうか。
そして、勤務制度の変更によって、これまで、例えば、週25時間で働いていた人が、週19.5時間か週40時間のいずれかを選択しなければならなくなり、週40時間は無理なので、週19.5時間を選択したということが推測されます。これも会社都合による就業調整といえるでしょう。
パート従業員が、週19.5時間か週40時間のいずれかを選ばないといけない会社の勤務制度は、働き方の選択肢を狭め、結果として就業調整を招いているものです。
働く側と雇用する側にとって、真に中立な制度とすることが必要です。
適用拡大から勤労者皆保険へ
適用拡大を進めることによって、週20時間以上の労働者は被用者保険によるセーフティネットでカバーされることになるので、次は、週20時間未満の労働者を被用者保険に取り込む、被用者皆保険をいかに実現するかということが課題となります。
これについては、年金部会において、権丈善一教授(慶應大学商学部)が「厚生年金ハーフ」という案を唱え、是枝俊悟氏(大和総研)は「1.5号/2.5号被保険者制度」という案を唱えています。
これらの案については、今後、年金部会においてさらに議論がなされるものと思われますが、共通している点は、いずれも、週20時間未満の労働者に対して、保険料の事業主負担を課していくということです。
そうすることによって、企業が、保険料負担を回避するためにパートの労働時間を週20時間未満に抑えるインセンティブがなくなり、パート労働者は、働きたいだけ働けることになるでしょう。
これは、岸田首相が政務調査会長時代に取りまとめた「勤労者皆社会保険制度」でも謳われているものなのです。
ちなみに、この勤労者皆社会保険制度は、権丈教授が昔から唱えていた厚生年金ハーフと同じものなんですね。
以上、久しぶりの投稿で、長めになってしまいましたが、年収の壁、第3号被保険者制度、適用拡大、そして勤労者皆保険について、皆さんの理解が深まれば幸いです。
それでは、次はまた、いつになるか分かりませんが、皆さんごきげんよう!