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年金を繰上げて受給するべき唯一の理由

月曜日の朝から下のような記事が目に入りました。

記事の冒頭では、下のように述べられています。特段、繰上げ受給を強く薦めるような感じではありませんが、記事で使われているデータやコメントには、誤りや偏向があるので、確認したいと思います。

「繰り上げ」「繰り下げ」した場合の、損益分岐点年齢と具体的な損得の計算の仕方は「知らないと大損する 定年前後のお金の正解」の中で細かく説明していますが、「何歳から年金をもらうか」は、最終的にはライフスタイルや価値観によるところも大きく、損得だけでも決めきれないものです。

繰上げ受給が3割も?

記事の冒頭と裏腹に、その下で次のようなデータが紹介されています。これを見ると、結構多くの方が繰上げしているという印象を受けますが、これに騙されてはいけません。

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上のデータは、注釈にある通り厚労省が公表しているものです。正確には、「平成30年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」というもので、以下のリンクから見ることができます(余談ですが、リンクのタイトルや内容がわかるようなサムネイルになるように、厚労省にはお願いしたいところです)。

その25ページに、下のようなデータが出ています(青と赤による強調は筆者が加えたもの)。

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記事では、赤で囲んだ数字(繰上げ受給が30.8%)が使われていますが、この表をよく見ると「基礎のみ・旧国年」と表記されています。これは、表の注釈2にあるとおり、基礎年金だけを受給している方たちだけを切り出したもので、受給者全体の数字は上の表の青で囲んだ12.9%です。

12.9%という数字も、決して小さくありませんが、これは以前に騒ぎとなった年金記録問題や、年金制度は破綻しているというデマに煽られて、早く受け取らないとまずいと思った方たちが繰上げ受給を選択したことが要因です。

同じ資料の26ページには、下のような表が掲載されています。これは、受給開始時期の選択を終了した、各年度末時点で70歳の受給者の繰上げ・繰下げの状況を示しています。

平成30年度末時点で70歳である約200万人の受給者のうち、繰上げを選択しているのは9.2%で、繰下げを選択しているのは1.4%です。依然として、繰上げ受給を選択している割合の方が大きいのですが、平成26年度からの推移をみると、繰上げ受給の割合が低下しているのに対して、繰下げは上昇しています。

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記事では、このような世の中の流れを誤解させるようなデータを使っているので、3割もの人が繰上げしているなら....と誤解して、安易に繰上げ受給を選択しないようにして欲しいと思います。

「元気なうちにもらう」も一つの考え方?????

記事では、”「元気なうちにもらう」も一つの考え方”という見出しで、以下のように述べています。

ちなみに、私個人としては少しでも若く元気なうちにもらって使いたいと思っています。
というのも、幼いころから添加物の入った食べ物を食べ、体も鍛えていない(?)私たち定年前後世代は、今の高齢者よりも健康寿命が短いのではないかと思うからです。
 寝たきりになってから、高額な年金をもらっても、逆に、税金や社会保険料・医療費の自己負担割合が増えるだけ、なんて可能性もあるわけです。

クエスチョンマーク(?)をつけるような、適当な根拠で健康寿命が短いなどというのは、ちょっといい加減ではないでしょうか。

下のグラフは、健康寿命の動向を示したものです(第5回社会保障審議会年金部会資料より抜粋)。

年度ごとで見ると若干の違いはありますが、この期間を通じてみれば、健康寿命の延びは平均寿命の延びを上回っていることがわかります。

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上の健康寿命を見ても分かる通り、70歳台前半までは、私たちは健康に過ごせる時代なのです。また、日本老年学会と日本老年医学会は、科学的・医学的なエビデンスに基づいて、高齢者の定義を65歳から75歳に延伸する提言をしています。

日本は高齢化が進んでいて大変だというような話が当たり前のようにされていますが、一方で私たち日本人は若返っているという事実にも目を向けるべきでしょう。

このような状況の中で、私たちが目指すべきは、より長く働き生き生きと社会参加できる世の中を作ることではないでしょうか。長く働くというと抵抗を感じる方もいるかもしれませんが、今の会社や仕事をずっと続ける必要もありません。各自にあった働き方やボランティアで長く社会参加するようなライフスタイルが、自らの心身の健康を維持し、ひいては社会全体を明るく、前向きにするものだと思います。

そうすると、記事にあるように「若く元気なうちから年金を受給する」ことよりも、「若く元気なうちは働いて、その収入で生活をする」ことの方が、個人にとっても、社会全体にとっても良い選択ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

「寝たきりになってから、高額な年金をもらっても.....」といいますが、そのような状況で、繰上げて減額された年金しかなければ、その方が不安で、繰上げたことを後悔することになるでしょう。

繰上げ受給をするべき唯一の理由

結局、受給開始を早めることをお薦めできるのは、病気などのために働くことができず、年金がなくては生活ができない状況以外にはないということです。

公的年金保険は、文字通り保険であって、老齢年金は高齢のために働けなくなった場合や長生きに備えて、所得を保障する保険なのです。これは、各個人の価値観とは関係のない制度の精神であり、それに反するような使い方をすると、長生きした時に後悔することになることを肝に銘じておきたいところです。

(参考文献:ちょっと気になる社会保障V3、権丈善一著、勁草書房)



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