折り返し点を迎えたSDGsは全く理解されていない話
はじめに
SDGsは2030年のゴールまで折り返し点を迎えた。2023年12月に国が示した「SDGs実施指針(改定版)」でも、「SDGs採択後8年間でSDGsに対する国民の認知度は約9割に達し、我が国のSDGs達成に向けた取組も大きく進展した」としている。
・持続可能な開発目標(SDGs)実施指針改定版
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/pdf/jisshi_shishin_r051219.pdf
SDGsを理解している?
ところで、SDGsとは何であろうか。あのキラキラしたアイコンに書いてある国連が採択した2030年までの17の目標のことですよね、というのが大方の理解だろう。9割の理解というのはそういうレベル感だ。
でも、あのアイコンには「誰一人取り残さない」なんていうようなSDGsを語る際のキーワードがどこにも書いていない。それはどこに書いてあるのか疑問に思ったことはないだろうか。答えを先に言うと、2015年9月に国連において全会一致で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」という文書に書いてある。SDGsの17の目標はこの「2030アジェンダ」文書の真ん中くらいに無味乾燥なテキストの羅列として提示されている。それではあまりにわかりづらいので、あの皆が目にするキラキラしたアイコンの登場となったわけである。
・我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000101402.pdf
2030アジェンダこそ重要
ちなみにこの「2030アジェンダ」には、「誰一人取り残さない」のほかにも重要な視点が提示されている。それは
・「ジェンダー平等の実現と女性・女児の能力強化は、すべての目標とターゲットにおける進展において死活的に重要な貢献をする」
・「これらの目標及びターゲットは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面、すなわち経済、社会及び環境の三側面を調和させるもの」
というもので、前者は「ジェンダー平等」は単に17の目標のうちの1つという位置にとどまらず、その他の目標が達成されるための必要条件だというものであり、後者は17の目標はバラバラに考え行動するものではなく一体的に取り組む目標だというものである。こういったSDGs推進の前提となる原則を知ってましたか?
折り返し点を過ぎた現在、これらの原則を知らずにSDGsを語っても無意味であり、SDGsに関しては、とりあえずできることから取り組もう!という幼稚なスタンスはそろそろ終わりにしたいものである。
あのアイコンが目標なのか
さて、あのアイコンはあくまで理解促進のためのツールなのだが、大抵の日本人にとってはあれがSDGsだと理解されている。つまり、あのアイコンの左上に書いてある短いキャッチフレーズが目標なのだと。でもそれは不正確であるし、現時点においては有害であると言い切ってもよい。
例を挙げてみよう。SDG1はアイコンでは「貧困をなくそう」と書いてあり、これだけでは途上国の貧困問題だと思ってしまう。しかし、正確にはSDG1は「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」である。「あらゆる形態の貧困」であるからもちろん「相対的貧困」も含むわけだが、日本の相対的貧困率はOECD加盟国30カ国中4位、G7の7カ国中2位であり、SDG1は日本にとって切実な課題である。
同様にSDG2はアイコンでは「飢餓をゼロに」であり、やはり途上国の飢えに苦しむ子どもたちをイメージするかもしれない。でもSDG2は「飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する」である。食糧安全保障や持続可能な農業などは日本にとって課題山積な分野であることは、皆さんご承知のとおり。アイコンの短いキャッチフレーズが有害というのはこういうことであり、いまや誤解を振りまく元凶ともいえる存在なのである。
もしかして意図的なの?
極めつきはSDG8の「働きがいも経済成長も」であろう。この目標の全文は「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」というものであるが、さすがにこの長い目標をアイコンの限られたスペースに押し込むことは無理である。しかしだからといって、「働きがい」としてしまうのはどうなのか?。英語版アイコンでは”DECENT WORK AND ECONOMIC GROWTH”であり、「人間らしい雇用」がこの目標のキモだとわかる。働きがいはあってもブラックな職場だったり、働きがいはあってもそれが企業側のやりがい搾取であったりしてはダメなわけで、そういうもののないディーセントワークをしながら、持続可能な経済発展も目指すのがこのSDG8。SDGsを認知している9割の人の中でこれを理解している人は何割なのだろう?
SDGsのアイコンは某大手広告代理店がボランティアベースで翻訳したものが定着したものであるが、ディーセントワークの訳については何か意図があるのですかね?と是非とも聞いてみたいものである。
これを理解しているのは1割以下
さて、「SDGsを認知している9割の人の中でこれを理解している人は何割なのだろう?」と書いたばかりであるが、実はこれを正確に推測できるデータがある。
朝日新聞社が毎年実施している「SDGs認知度調査」がそれで、2023年4月に公表された「第9回SDGs認知度調査」にはいくつかの調査項目があり、例えば、最初の設問は「あなたはSDGsという言葉を聞いたことがありますか」というもので、これについては87.0%のひとが聞いたことがあると回答している。サンプル数は5000であり、かなりちゃんとした調査だと言っていいと思う(今のところ)。
詳しくは調査結果を参照していただきたいが、この調査の中に「SDGs関連用語の認知度」という項目があり、そこに関連用語として「ディーセントワーク」を知っているかという設問がある。知っているが3.7%、聞いたことがあるが11.2%、まったく知らないが85.1%という結果である。
この設問、よく考えてみるとヘンである。「ディーセントワーク」はSDGs8の目標そのものである。この設問を考えた人は、まさかSDGsのアイコンだけを見て目標そのものを読んだことがないのであろうか?朝日新聞に限ってそんなことはないと思うが、とにかく、この設問は色々なことを示唆してくれる。各種調査でSDGsを知っていると答える人は、あくまで「アイコンの文言を知っている」なのだ。ディーセントワークという言葉を知っているのが3.7%なのであれば、SDGsの目標をちゃんと読んだことがあるのは最大値でも3.7%なのだとわかる(別の文脈で「ディーセントワーク」を知っている可能性もあるから最大値である)。
つまり、大胆だがこう結論づけたい。アイコンの文言だけではなく、SDGsを正しく読んだことがあるのは、この調査では最大で3.7%であり、ザックリ言ってSDGsの理解度は1割にも満たないのだと。
・第9回SDGs認知度調査
https://www.asahi.com/sdgs/article/15067733
2030アジェンダはもっと知らないだろう
SDGsというものがこの世に存在するという意味での「認知度」は9割だとしても、内容まで正しく読んだことがあるのは1割以下で、読んでいないのだから理解度も1割以下であろうと推測される。加えて、SDGsすら読んだことがないのなら、2030アジェンダはもっと知らないであろうことが容易に推測でき、「ジェンダー平等が死活的に重要」であったり、SDGsの各目標が「統合され不可分」であることも知らないであろうと強く推認できる。
これらのことは、色々なメディア等が実施するSDGsに関する世論調査における調査項目に注目するとよくわかる。「SDGsの17の目標のうち、重要だと思う目標はどれですか」。こういった調査結果を見たことはないだろうか。
SDGsの17の目標は統合され不可分なので経済、社会及び環境の三側面が調和するよう取り進める必要があり、どれが達成すべき目標なのか聞くこと自体ナンセンスだと答えるのも正解であるし、あるいはジェンダー平等が他のゴール実現に不可欠な分野横断的な価値を持っていることに着目して、ジェンダー平等が1番と答えるのも正解であるが、それ以外の回答はSDGsの本質的理解をしていない証拠であり、そもそもそういった設問を設定する側にも問題があるという、何とも情けない状況なのが現状なのである。
流行で終わりそうなSDGs
SDGsは2015年から始まっているはずだが、実際に流行しだしたのはレジ袋有料化が始まった2020年ごろからで、2021年には流行語大賞にノミネートされるに至った。街にはカラーホイールバッジをつけたビジネスマンであふれ、ファッションとして消費される反面、本質的な理解にはほど遠い。SDGsを飯の種にしている人以外「2030アジェンダ」を読んだという人はいないだろうし、その証拠に上記リンクにある外務省の「2030アジェンダ(仮訳)」にはスタートしてすぐの2行目にタイプミスがあるが8年間もそれが放置されている(「追求もの」→追求するもの。誰も指摘しないのか。)。
この流れを作ったのは政府であり、その責任は厳しく追及されなければならない。ピコ太郎がSDGs推進大使だったことを覚えている人がどれくらいいるかわからないが、SDGsをそういう文脈で広め、ファッションとして消費されるようにしたのは政府である。その結果、実質的な取組は何年も立ち後れ、SDGs達成度ランキングでは年々順位を下げ、2023年はとうとう世界21位に後退してしまった。2030アジェンダでは「ジェンダー平等の実現と女性・女児の能力強化は、すべての目標とターゲットにおける進展において死活的に重要な貢献をする」と言っているが、日本は2023年のジェンダーギャップ指数ランキングでは過去最低の世界125位であり、この「死活的に重要な貢献をする」ジェンダー平等が立ち後れていることが最大の要因であることが容易に読み取れる。しかるに前述の2023年12月のSDGs実施指針の改定における重点事項では、ジェンダー平等は申し訳程度に触れられるにとどまり、「死活的に重要」だという理解にはほど遠い。
最後に
それで、SDGsなんて意味ないなどと言ったらニヒリズムになってしまう。日本人的には、より良い社会を目指して少しずつ変わっていけばいいと思ってしまうが、本当に誰一人取り残さない社会を目指すために必要なことは修正ではなく変革(transform)である。実はそれも「2030アジェンダ」に書いてある。結局そうした本質的理解をしないまま折り返し点を過ぎてしまったのである。なので、まずは「2030アジェンダ」を読むところからはじめませんか。それが言いたくてこの長文を書いた次第です。最後まで読んでもらってありがとう。
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