「子供とウェルビーイング」の小中高の具体的取り組み一「予防的介入プログラム」

 昨日8時から自民党本部で開催された「日本Well-being計画推進特命委員会」は「子供とウェルビーイング」をテーマに、埼玉県教育局市町村支援部義務教育指導課長の高田淳子氏、早稲田大学高等学院の宮田恭子氏、筑波大学附属中学校の小林美礼氏を招いて行われた。

●埼玉県の5つの学習戦略

 まず高田氏は、埼玉県学力・学習状況調査の特徴について説明し、パネルデータ・IRT(出題する全ての問題に同一尺度で難易度を設定する、PISAやTOEFLと同様の調査理論である項目反応理論)の手法を採用して、同一児童生徒の学力の伸びの変化を継続的に把握するとともに、自己効力感、自制心、勤勉性、やり抜く力、向社会性などの非認知能力に注目した。
 また、学習の効果を高めるために児童生徒が意図的に行う活動として、次の5つの学習戦略に取り組んだ。

 ⑴ 柔軟的方略(勉強の順番を変えたり、わからないところを重点的に学
  習したりするなど、学習の仕方を自分の状況に合わせて柔軟に変更して
  いく活動)
 ⑵ プランニング方略(計画的に学習に取り組む活動)
 ⑶ 作業方略(大切なところを繰り返しノートに書く、声に出すといっ
  た、「作業」を中心に学習を進める活動)
 ⑷ 認知的方略(勉強した内容を自分の言葉で理解するなど、より自分の
  理解度を深めるような学習活動)
 ⑸ 努力調整方略(「苦手」などの感情をコントロールして、わからない
  ところもあきらめず学習するなど、学習への動機を高める活動)

 児童生徒質問調査において、この5つの学習戦略(学習方法や態度)に関する、以下の全ての質問に回答させた。

 ⑴・勉強のやり方が、自分に合っているかどうかを考えながら勉強する
  ・勉強でわからないことがあったら、勉強のやり方を色々変えてみる
  ・勉強しているときに、やった内容を覚えているかどうかを確かめる
  ・勉強する前にこれから何を勉強しなければならないかについて考える
 ⑵・勉強するときは、最初に計画を立ててから始める
  ・勉強しているときに、やっていることが正しくできているかどうかを
   確かめる
  ・勉強しているときは、自分で決めた計画に沿って行う
  ・勉強しているとき、たまに止まって、一度やったところを見直す
 ⑶・勉強するときは、参考書や事典などがすぐ使えるように準備しておく
  ・勉強する前に、勉強に必要な本などを用意してから勉強するようにし
   ている
  ・勉強していて大切だと思ったところは、言われなくてもノーまとめる
   める
  ・勉強で大切なところは、繰り返し書くなどして覚える
 ⑷・勉強するときは、内容を頭に思い浮かべながら考える
  ・勉強するときは、内容を自分の知っている言葉で理解するようにする
  ・勉強していて分からないところがあったら、先生にきく
  ・新しいことを勉強するとき、今までに勉強したことと関係があるかど
   うかを考えながら勉強する
 ⑸・学校の勉強をしているとき、とても面倒でつまらないと思うことがよ
   くあるので、やろうとしていたことを終える前にやめてしまう
  ・今やっていることが気に入らなかったとしても、学校の勉強でよい成
   績をとるために一生懸命頑張る
  ・授業の内容が難しいときは、やらずに諦めるか簡単なところだけ勉強
   する
  ・問題が退屈でつまらないときでも、それが終わるまでなんとかやり続
   けられるように努力する

●慶応義塾大学SFC研究所の分析結果

 埼玉県学力・学習状況の調査結果を、平成28年度~令和元年度に統計学や教科教育の専門的知見を有する慶應義塾大学SFC研究所に提供して分析を委託し、その結果を施策の改善に活用した。その分析結果で分かってきたことは以下の6点であった。

 ⑴ 「主体的・対話的で深い学び」の実施+良い学級経営(落ち着いた学
  級づくり)➡「非認知能力」の「学習戦略」を向上させ、「学力」の向
  上につながっている
 ⑵ 保護者や地域の方々が積極的に諸活動と関係している学校
  ➡良い学級経営を実現している傾向
 ⑶ 「主体的・対話的で深い学び」の実現
  ➡「授業に対する教員の意識変容」と「専門的な指導を受けながらの継
   続的授業改善」が重要
 ⑷ 「学力」や「学習戦略」が伸びた児童生徒
  ➡教員との関係性が良い傾向
 ⑸ 毎年、児童生徒の「非認知能力」を高める
  ➡学力の維持向上に重要
 ⑹ 学級内における周囲との学力差
  ➡「学力」や「非認知能力」の変容に影響
 *堀洋道監修『心理測定尺度集』サイエンス社

●非認知能力育成実証研究を活用した学力向上施策

 埼玉県内の5市町村・25校で、認知行動療法とポジティブ心理学の技法を用いた次の全12回で構成された「こころあっぷタイム」プログラムを実践し、その効果について、児童、教員、保護者向けのアンケート調査を実施して検証した。
 同プログラムを開発した同志社大学の石川信一教授は、国立研究開発法人科学技術振興機構の社会技術研究開発センターの研究助成を受けて、「小学校におけるメンタルヘルスプログラムの実装」及び、逆境においても柔軟に乗り越えられる「幼児から青少年までのレジリエンス向上を目指したプログラムと人材育成体制づくり」にとる取り組んだ。
 後者は、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念の達成に向けた「共創的研究開発プログラム」であり、「こころあっぷタイム」プログラムもSDGsの理念達成に向けて、地域の特性に応じ子供の発達段階に応じたメタルヘルス予防プログラムである。
 同プログラムの狙いは、「心の不調を予防するための様々なスキルを系統的に学ぶ」「自分や皆の力で困難を乗り越える方法を知る」「自分や友人のために使えるスキルを身に付ける」「精神的な症状に対する偏見を解消する」点にある。

第1回「困った気持ちをつかまえよう」
第2回「楽しいことを探そう」
第3回「あたたかい言葉をかけよう」
第4回「きちんと伝えよう」
第5回「きもちとからだはどんな関係?」
第6回「すてきなところを探そう」
第7回「考えをつかまえよう」
第8回「いろいろな考えをしてみよう」
第9回「苦手なことは何だろう?」
第10回「苦手なことに挑戦しよう」
第11回「問題を解決しよう」
第12回「学んだことをまとめよう」

 「こころあっぷタイム」プログラムは、「イライラしがち」「落ち込みやすい」「不安を抱きがち」な子供たちと、彼らに様々なマジックアイテムをを授ける発明家をメインキャラクターとして展開する、漫画による個人学習と、討論によるグループ学習で構成されている。
 ちなみに、マジックアイテムには、気持ちの種類や度合いを測る「きもちセンサ」嗅いだりすると落ち着く「ゆったりんご」などがあり、例え話を用いた説明の役割を与えられている。

●「予防的介入プログラム」が時代のニーズ

 かなり作り込まれた教材であるが、肝となるのは後に行うグループ学習であり、共感の度合いに個人差が大きいことへの理解が深まる。同プログラムを実施した6月・3月・次年度の3回、児童と教員のアンケート調査を実施したところ、「自己効力感」「やり抜く力」「自制心」「向社会性」などの「非認知能力」が向上していることが実証された。
 また、令和5年度全国学力・学習状況調査における質問紙調査の結果、以下の質問事項に対する小学校の統計が全国平均よりも埼玉県が上回っていることが実証された。中学校についても同様の結果が得られた。

⑴ あなたの学級では、学級生活をよりよくするために学級会で話し合い、互いの良さを生かして解決方法を決めていますか(埼玉県84%、全国77%)
⑵ 先生はあなたの良い所を認めてくれますか(埼玉県92%、全国90%)
⑶ 自分には良いところがあると思いますか(84、1%、全国83,5%)

 国立成育医療センターが令和3年12月に実施した調査によれば、日本国内で中程度以上の抑うつ症状を持つ中学生が12~13%、3年生に限ると42%に達し、自殺者も過去最高になり、いじめの認知件数も615,351件と過去最多、不登校も244,940人と過去最多となっている。こうした状況を踏まえて、予防的介入のプログラムとして、「心の不調を予防するための様々なスキルを系統的に学ぶ時間」が時代のニーズとなっているのである。

 

  
 

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