下顎呼吸~最期の笑顔か頷きか~
下顎呼吸は「かがくこきゅう」と読む。
臨終が近づき、口をパクパクしてあえぐようにする呼吸のことだ。陸に揚げられた魚の口に似ている。
母の下顎呼吸が始まってから、5時間が経過した。呼吸の回数が減ったため、鼻に酸素チューブが装着された。
途端。
呼気、吸気がなくなった。口はパックン、パックンと動いているのに。
「息をして」「お母さん」「息を吸って、吐いて」
母の口は、開いたまま止まってしまった。
そうして10秒か、30秒か。
母の口が動き、舌がひゅっと顔を見せ、口の奥に消えた。
それが最期だった。
笑ったようにも見えた。頷いたようにも見えた。
最期の呼吸は死線期呼吸というらしい。口は動いているけれど、呼吸ができていない状態。
叔母は、あの最期の時を「姉さん、笑ってくれた」と思いだしては泣いている。
果たしてそうだろうか。
呼吸停止の結果、筋肉が弛緩し、舌が落ちる時にそう見えたのではないか。
でも、それでもいい。あの見たこともない、不思議な笑顔は、母からの最期のメッセージだった。そのことに間違いはないのだから。