見出し画像

ポケットのナイフと勝負下着

自分の息子が暴力を伴ういじめを受けていた時、親としてどう振舞いますか?

タイトルに似つかわしくない、なかなかヘビーな問いですね。
ケースバイケースもあるかもしれませんし、どこまで考えても正解はないような気がします。


今日noteを眺めていると、漫画「H2」の表紙画像が流れてきました。
「昔読んだなぁ」と呟いた後、ぼんやりストーリーを思い出していました。
真っ先に思い浮かんだのは、主人公の国見比呂の活躍や友情、恋愛のひと場面ではなく、むしろヒール役の広田勝利のエピソードでした。
広田の父親は上級生から嫌がらせを受ける息子に対し、過激ともいえる対応をするのですが、僕にとってはなかなか秀逸だと思わされる対応でした。


広田は投手としても打者としても一流のプレーヤーで、主人公のヒロと同じ地区の名門高校のライバル。
早くから才能は開花し、四番ピッチャーの天才肌ですが、とても計算高く、相手選手に故意にデッドボールを投げたりスパイクで踏みつけるなど平気でできるような男です。

プライドも高い広田は1年生の頃から先輩に疎まれ、リンチをくらうこともありました。
そんな広田に父親がとった対応とは…


なんと”息子にナイフを贈る”でした。


高校生の息子にナイフ。
こわっ!

けれどナイフを息子にあげた後、こんなことを言います(記憶で書いているので正確ではありません)。


「このナイフは絶対に使うな。ただ胸に忍ばせておけばいい。『ギリギリの命のやり取りになったら俺は負けることはない』ということを糧にして暴力に耐えろ。どんなに体を痛めつけられても、心までは折られるな」


なかなかマッチョな教育です。
けれどなかなか核心めいているような気もします。

”強さ”は”自信”です。
強い人が優しくなれるのも、強いから戦う必要がないからなんだと思います。
戦う前から勝っているのであれば、戦う必要ないですよね。

本当は明らかに勝てるけれどあえて戦わない場合と、心も完全に敗北を認めた場合、結果は同じでも意味は全然違う。
もし敵が憎い相手だったり、絶対に認めたくない相手だと、敗北の味はとても苦々しいものになります。
父親が差し出したナイフは、心に芯を通すための拠り所の意味があったのでしょう。



それって、勝負下着にも似てないですか?
デートの時、お相手と必ずや一晩過ごすことを決意しているわけではなくても、いつ何時どんなことがあっても良いようにと、目に見えないはずなのに、勝負下着を纏っているのと纏っていないのとでは、立ち居振る舞いに自信の表れが違ってきたりしませんか?
しないか笑

例えクライマックスな場面に展開したとしても「ギリギリの命のやり取りになったとしても俺は負けることはない」と余裕のメンタルで迎え入れることができるはずです。
勝負下着は心に芯を通すための拠り所になるはずです。

…広田のお父さん、すみませんでした。



ちなみに「どうせ脱がされる勝負下着に力を注ぐことは、散る桜に美しさを感じる日本人の美意識」と、確かバカリズムさんが言っていたのはまた別の話し。

いいなと思ったら応援しよう!