【ショートショート】吉田の帽子
僕の名前は保志悠馬(ほし ゆうま)。中学2年生。
僕のクラスには『不思議な少年』が居る。
学校の教室内。
こないだの数学のテストの答案用紙が返ってきた。
クラスのみんなは、テストの結果に一喜一憂している。
僕の点数はまぁ……平均点よりちょっと上ぐらい。
すると、
「凄いぞ、『吉田』!また100点満点だぞ!!」
教室内に教師の大きな声が響いた。
その声にクラスのみんなが驚く。
「すげぇ!また、『吉田』のやつ、100点かよ!」
「あいつ、これで何回目だ?」
「全教科100点満点じゃないのか、あいつ?」
クラスのみんなが次々とそう言う。
『Z』と黒い文字がプリントされた白い野球帽を被る『吉田』の手には、100点と大きく書かれた答案用紙があった。
彼の名は、『吉田一郎』。
彼は生徒たちからも、教師たちからも一目を置かれる存在……所謂、『神童』だ。
「先生の教え方が上手だからです」
100点満点の答案用紙を笑顔で受け取る吉田。
クラスのみんなが、吉田の周りに集まる。
僕はそれを遠くから見つめていた。
吉田と、吉田の被っている帽子が、僕には輝いて見える。
体育の時間。
ちょうど夏真っ盛りだったので、外はかなり暑い。
僕らは炎天下のグラウンドを走る。みんな、汗まみれでグロッキーだ。
そんな中、帽子を被った吉田だけは爽やかに、軽やかにグラウンドを何周も走っていた。
僕は汗まみれで、吉田を見つめる。
吉田の白い帽子が太陽に映えていた。
昼休みの校舎の裏。
茶髪の不良生徒三人が、気の弱そうなメガネの男子生徒を囲んでいた。
「ごめんなさい、許して下さい!」
「うるせぇな!金出せよ!じゃねぇと、テメー、また痛い目に合わせるぞ!!」
不良の一人が拳を振り上げた。
すると……。
「やめないか!」
その声を聞いて、不良たちの顔が一気に真っ青になった。
不良たちが振り向くと、そこには帽子を被った吉田が立っている。
「ひぃいい!!よ、吉田だ!に、逃げろ!!」
不良たちは怯え、一目散に走り去っていく。
不良たちが去ると、吉田はメガネの生徒に駆け寄る。
「大丈夫かい、キミ?怪我は?」
「あ、ありがとう、吉田くん……。だけど……また、キミに助けられてしまったね……」
「気にするなよ!僕たちは友達じゃないか!」
「ありがとう!吉田くん!本当にありがとう!!」
メガネの生徒は感激しながら、吉田を抱き締める。
僕は偶然、その現場を目撃。
吉田の白い帽子が輝いて見えた。
……。
その日の放課後。
人の少ない図書室で、僕は今日返ってきたテストの見直しをしていた。
僕は部活動はせず、帰宅部だ。
隣の席には、小学校からの友人である花形光男が居た。彼は隣のクラスで、同じく帰宅部。
花形は、今日発売の漫画雑誌を図書室に持ち込んで読んでいる。
「にしても、凄いよなー、吉田って。頭は良いし、運動神経も抜群。正義感と人情もあるし、なによりルックスもイケメン。マジで漫画から出てきたような完璧超人だよな、あいつー」
深い意味はなく、僕はそう話した。
「……」
花形はなにも言わず、無表情で漫画を読み続ける。
吉田は本当に凄い。
勉強とスポーツが得意な文武両道で、プロのライターが執筆したような作文や感想文を書いたり、美術館に飾られていてもおかしくないような絵を描いたり、彫刻を作り上げたりと、なにをやっても超一流だ。
それでいて、性格は明るく、優しく、困っている人を見つけたら、すぐに駆けつける勇敢さも持ち得ている。
だが……。
一つだけ、どうしても気になることがある……。
僕は心の奥にしまい込んでいた、ある疑問を口にした。
「吉田のヤツ……なんで、ずっと帽子被ってるんだろう……」
僕がそう言うと、花形は持っていた漫画を手から落とす。
二年生に進級した時にクラス替えがあり、僕は吉田と同じクラスになった。
クラス替えをしてから三ヶ月ぐらい経ったが、僕は、未だに吉田が帽子を外したところを見たことがない。
吉田はどんな時もどんな場所でも、毎日、四六時中、常にあの『Z』の文字がプリントされた白い帽子を被っている。
あ。そういや、花形って一年の時は吉田と同じクラスだったよな。僕は違うクラスだったが。
もしかしたら、花形は吉田が帽子を外したところを見た事があるかもしれない。
僕は、何故か狼狽している花形に聞いてみた。
「なぁ。花形って、確か、吉田と同じクラスだったよな?吉田が帽子をはず……」
花形はいきなり僕の口を手で塞いだ。
「んぐぐぐ!?」
「それ以上、言うな!」
花形は小声でそう言いつつ、怯えた顔で首を左右に振って周囲を警戒する。
なんだなんだ?急にどうしたんだ?
僕は花形の手をどかした。
「なにするんだよ、いきなり!?苦しいだろ!?」
「お前、マジ気をつけろよな!誰かに聞かれたら、どうするんだよ!?」
普段はいいかげんなヤツなのに、花形はまるで人が変わったように血相を変える。
「な、なんだよ!そんなに怒らなくったっていいだろ!?僕はただ、吉田の帽子が気になっ……」
「だから、それ以上、言うな!!」
花形は立ち上がり、僕の腕を強引に引っ張る。
花形に腕を引っ張られた僕は、そのまま図書室から出て、廊下を歩かされた。
校舎から離れた場所にある古びた木造の廃屋。
昔は用務員さんが使っていた小屋で、掃除道具や工具などが置かれていたが、小屋が経年劣化で古くなり、新しい小屋が建てられたので、今ではもう使われていない。
花形に引っ張られ、廃屋の中へとやってきた僕。
廃屋に入る時も、花形は周囲に誰もいないか警戒している。
廃屋の中は狭く、使われなくなった道具や机、椅子やロッカーなどが詰め込まれており、人が2人入れるか入れないのかスペースしかなかった。
狭い空間の中、花形と密接しながら僕は口を開いた。
「オイ!?なんで、こんなとこまで来るんだよ!?僕はただ、吉田の帽子について……」
「その吉田の帽子の話がヤバいんだよ!!お前、なにも知らないのか!?」
鬼気迫る表情で喋る花形。
小学校からの付き合いだが、コイツがこんなに必死になっている姿を見るのは初めてだ。
「ここには俺とお前しか居ないから、話してやるけどよ……。吉田の帽子について話すのは、かなり危険だぞ……」
吉田の帽子が危険?
言っていることの意味がわからないのだが、花形の必死な表情と様子を見ると、どうやらただ事ではなさそうだ。
「去年、俺は吉田と一年間、同じクラスだったけどよ……俺もアイツが帽子を脱いだところは一度も見たことねぇんだよ……」
「ええっ!?」
僕は花形の言葉に驚く。
花形も吉田が帽子を脱いだところを見たことがないだって!?
「というか、吉田のヤツ、入学式から一度も帽子を脱いだことがないんだよ……」
「ええっ!?そんなに!!?」
僕は再び驚いた。
入学式から、ずっと帽子を被ったままだって!?
「待てよ!一年間ずっと帽子を被ってるなんて、そんなバカな……」
「マジで一年間四六時中、ずっと帽子を被ってたんだよ、あいつ!」
普段はいいかげんで、冗談を言ったりする花形だが、今回ばかりは表情がマジだ。
「……そ、それで、なんで吉田は帽子を外さないんだ?」
「知らねぇよ。……ただ……」
「ただ?」
花形は急に身体をブルブルと震わせ、額から脂汗を流す。
顔がだんだん青白くなっていき、今にでも吐きそうだ。
頼むから、ここで吐かないでくれよ。
「お前……小学ん時、ワルで有名な押田、鳥原、船越のことを覚えているか?」
押田、鳥原、船越……。
近所……いや、この街でその名を知らない者は居ないぐらいに、とんでもない悪ガキで有名な三人組である。
この三人はとにかく陰湿な悪さをする奴らで、コイツらのせいで不登校になった生徒が何人も居たり、関わった教師たちもストレスで病気になったりと、とにかく、最低最悪な悪ガキ共だ。
同学年だが、僕は運良くコイツらとは同じクラスになったことはなく、一度も絡まれたことはなかった。
だが、それでも、コイツらの悪事はよく耳にし、聞いただけで反吐が出そうになる。
……。
あれ?
そういや、押田、鳥原、船越の三人も、この中学校に入学していたよな?
同じクラスにはならなかったが、僕は入学式であの三人の姿を見つけた。
でも、入学式以降はあの三人の姿を学校内でも、街中でも見かけなくなり、あの三人が悪事をしたという話も一切、聞かなくなったな。
まるで神隠しにでもあったかのように、押田、島原、船越は忽然と姿を消えた。
「そういや、居たなー。押田と鳥原と船越……。あいつら、急に学校から居なくなったけど、転校でもしたのか?少年院に行ったって噂もあるけど……」
青ざめた顔の花形の額から汗がポタリと落ちる。
「……一年の時。俺は、押田、鳥原、船越と同じクラスだった……」
「えっ」
僕はまたもや驚いた。
つまり、花形は一年の時、押田、島原、船越……そして、吉田と同じクラスだったのか。
付き合いが長いのに、そんなの初めて聞いたぞ。
「え、お前、あの三人組と同じクラスだったのかよ!?なんで、今まで言わなかったんだよー。それで、アイツらはなんで消えたんだ?教えてくれよ!」
「わかった!わかった!!ちゃんと話すから、声のボリューム下げろよ!」
僕はいつの間にか、声が大きくなっていたようだ。
いつもと様子が違う花形だったので、僕は口を閉ざすことにした。
「入学式の日な……。クラスの顔合わせというか、みんなで自己紹介をやるだろ……?黒板の前で……。それで、吉田の自己紹介が始まったんだよ……。もちろん、その時も、吉田は帽子を被っていた……」
汗を拭う花形。顔がまだ青白い。
「最初に吉田を見た時……そりゃあ、俺も、みんなも『なんで、アイツ、帽子を被っているんだろう?』って思ったさ……」
それは誰だって、そう思うよ……。
「そしたら、押田と鳥原と船越の三人が、吉田の自己紹介中に『オメー、なんでそんなダセー帽子を被ってんだよー』って、チャチャを入れてきたんだよ……」
うん……。まあ、あの三人ならやりかねないな。
「それで調子に乗ったあの三人は、黒板の前にやってきて、吉田を囲み、押田の奴が『そのクソダセー帽子外せよなー』って言って、吉田の帽子を掴むと……」
僕は思わず、固唾を呑んだ。
「そ、それで、どうなった……?」
「……」
花形の顔がより一層、青白くなる。
ガチガチと歯を鳴らして震わせながら、花形の口が上下に動く。
「……押田が吉田の頭から帽子を取ろうとした瞬間。吉田は物凄いスピードで押田の腕を……へし折ったんだよ……。鉛筆か、枯れ木を折るみてぇに……」
それを聞いた瞬間。僕は背筋が凍り付くような感覚に襲われた。
う、腕をへし折った……!?
あの明るくて、優しい吉田が帽子を触れられただけで!?
花形は吐き気をこらえるようにして、話を続ける。
「そのあとは、もう地獄絵図だった……。押田は腕を折られて泣き叫び、そのあと、吉田は鳥原の腹を思いっきりブン殴ってゲロを吐かせて、それから、船越の首をグシャって掴んで……そのまま、船越の口ん中から前歯を引っこ抜いた……ブシャーって血が噴き出てた……」
僕には花形の言っていることが信じられなかった。
そんな壮絶なことが……いや、そんな残酷なことを、あの吉田がしたなんて……。
悪ふざけに対する報復だとしても、いくらなんでも度が過ぎている。
「あの三人をぶちのめした後、吉田は何事もなかったように『みんな、よろしく!』と笑顔で言ったんだよ……。手が血に染まったまま……。マジで怖かった……。小便漏らすかと思った……いや、正直言うと、少し漏らしてた……」
花形は顎にまで流れた汗を手で拭いながら言う。
僕も同じように自分の顔の汗を手で拭った。
「それ以来、押田、鳥原、船越の三人は学校に来なくなった……。クラスのみんなも、その一件以来、誰も吉田の帽子について触れなくなったんだよ……。かなりショッキングだったしな……。ちなみに、先に手を出したのは押田たちの方だったから、吉田が三人をぶちのめしたのは不問になって、事故って扱いになった……」
あの三人が急に消えたのは、そういうことがあったからか……。
正直に言うと、あの三人が痛い目にあったことに関しては、少しだけスカっとした気持ちがある。
だが、それよりも、吉田への恐怖が大きかった。
やり返したとはいえ、腕をへし折ってから、前歯を引っこ抜くなんて……。
少し落ち着きを取りもどした花形は、息を吐く。
「……そういうわけだから、お前、吉田の帽子については迂闊に話すなよ……。なにが起きるかわからねぇーぞ……」
花形は真剣な表情でそう言う。
だが、少しだけ、僕には疑問があった。
「……あ。でもさ、先生たちは吉田に注意とかしなかったの?授業中は帽子を外しなさい……とか」
「……それが不思議でよ……。誰も注意しないんだよ、吉田に帽子を脱げって……」
「え」
「見て見ないふり……というか、むしろ、見ないようにしているというか……」
すると……。
ドンドン!!
いきなり、廃屋の扉から大きな音が。
「「ひぃい!!」」
僕と花形は情けない声を出す。口から心臓が飛び出るかと思った。
ブルブルと震えあがる僕と花形。
だ、誰かが、廃屋の扉を叩いている!
ま、まさか……よ、吉田か!?
「おい。誰だ、そこに居るのは?ここは立ち入り禁止だ!」
……。
その野太い男性の声を聞いて、僕は安心した。
この声は学校の用務員さんの声。
どうやら、この廃屋から僕と花形の声が聞こえたので注意しに来たようだ。
「……」
気づいたら、僕と花形は驚きのあまり、強く抱き締め合っていた。
事情がわからない人が見たら、勘違いされそう……。
僕と花形は安堵のため息をつく。
「はー。ビックリしたー……」
「と、とりあえず、吉田の帽子はこの学校のタブーだからな。さっき話したこと、誰にも言うんじゃねぇーぞ」
花形に念を押され、僕は頷く。
……しかし、さっきの話が本当なら、僕は今後、吉田とどう接すれば良いのだろうか?
そんなことを考えながら、廃屋の扉を開ける。
扉の向こうには、用務員さんが……い。
「え」
扉の向こうには、用務員さんが居ると僕と花形は思っていた。
だが、用務員さんは居ない。
廃屋の扉を開けた先に居たのは……『Z』と黒い文字がプリントされた白い野球帽を被っt
完