【ショートショート】「激情版 孤独に全裸」
都内某所にある中華料理屋『売虎針軒《うるとらはりけん》』。
僕はこの店の『汁なし担々麺』が大好きだ。
汁なし担々麺……。
まあ、簡単に言えば、スープのない坦々麺。
唐辛子や胡椒で味付けされた挽肉やネギなどが麺の上にのっており、そこに濃厚な担々スープとラー油がかけられた麵料理。
麺と具材をタレに絡ませ、混ぜ合わせるようにして食べる……。
うーん!美味い!!
いやー、最高だよ、汁なし担々麺は!
そんなわけで、今日も仕事の休憩時間に『売虎針軒』で汁なし担々麺を食べる。
店内は多くの客で賑わい、僕はカウンター席に座り、ずるずると汁なし担々麺を食す。
うんー、辛い!でも、美味い!!
カウンターの向こうの厨房では、筋骨隆々な60代男性の店主が忙しく鍋を振っている。
「親父さん!今日も親父さんの汁なし担々麺は最高だね!!」
「お、にーちゃん!今日も来てくれたのか。あんがとよ!!」
店主が照れくさそうに微笑む。
すると……。
「……これが、汁なし担々麺だって?フン、笑わせるんじゃない……。これじゃあ、担々麺じゃなくて、残飯麺《ざんぱんめん》だ」
僕の隣の隣の席に座っている黒いスーツ姿の男が、汁なし担々麺を食べてそう言う。
男の容姿は黒髪のオールバックで30代ぐらいに見え、目つきはするどい。
まるで、この世のすべてに不満を抱いているような顔をしている。
男は汁なし担々麺を残し、割りばしを床に捨てた。
いくらなんでも、この男の発言と態度は不愉快だ。いや、不愉快にも程がある。
この店の汁なし担々麺にケチをつけるなんて。
百歩譲って舌に合わなかったとしても、そのような発言と態度をするのは店に失礼だ。
「ちょっと、あんた……そういうのって、失礼じゃないか?」
僕はこの失礼極まる男の態度に腹が立ち、思わず椅子から立ち上がる。
しかし、それを遮るかのように……。
「待ちな、兄ちゃん。気持ちはありがたいが、これはうちの店の問題だ……」
店主の親父さんは怒りをこらえた表情で厨房から出てきた。
親父さんは拳を握りしめ、カウンター席の男の前に立つ。
「……お客さん、うちの汁なし担々麺になにか不満でもあるのかい?」
「不満しかないね。こんなものが、汁なし担々麺と名乗るとは……。反吐が出る……。いや、むしろ、反吐だろ、この残飯は」
この言葉で頭に血が昇り、僕は思わずテーブルを叩いた。
「オイ!お前!何者か知らないが、失礼じゃないのか!?何様のつもりだ!?」
すると、男は鼻で笑う。
「フン……。店が店なら客も客だな……。こんなモノを喜んで食べているなんて、さぞかし薄っぺらな舌と感性の持ち主なんだろうな……。可哀想に」
「なんだと!」
我慢の限界だった。
堪忍袋の緒が切れ、この男を殴ろうかと思った瞬間。
親父さんが思いっきり、カウンターのテーブルを殴った。
「あんた!うちの店を侮辱するのは、勝手だがな!!うちに来てくれているお客さんへの侮辱だけは聞捨てならねぇな!!」
親父さんは僕への侮辱を聞いて、激怒した。
だが、男はまったく高圧的な態度を崩しはしない。
「自分の店の悪口なら許すが、客への悪口は許さないか……。まるで、三流の脚本家が書いたような反吐の出る低俗なドラマみたいな展開だな……。本当に反吐が出る。この店、エチケット袋は置いていないのか?もう吐きそうだ」
男は、更に僕らの神経を逆撫でるような発言をした。
「てめぇ!!ふざけるのも、いい加減にしろ!!!」
とうとう、親父さんの堪忍袋の緒が切れた。
今にでも男に殴りかからんばかりの勢いだ。
これは、後で知ったことだが……。
この一連の流れはすべて、この男の罠だ。
この男の名は、山海開山《やまうみ かいざん》(30)。その道のインターネット界隈では有名な男らしい。
こいつは、いろんな店に嫌がらせや侮辱をし、店主や店員たちを怒らせる。
そして、どこかに仕込んだカメラでその光景を撮影。
撮影された動画を編集し、山海が行った侮辱行為はカット。店主や店員たちが怒っている姿だけを切り取る。
そうして、『店主や店員が客にキレている』という形で動画をネット上にアップ。
こうすることで店の誤った情報だけがネット上で独り歩きをし、気づけば広範囲で拡散。動画のせいで、店に客が来なくなったり、または動画を観た誰かからの嫌がらせが起きるようになる。
その結果、店の売り上げが減り、ストレスで店主が病気になったりで、潰れてしまった店が何軒もある……。
山海開山……。
この男の目的は、店主や店員がキレている姿を面白おかしく動画にしてPV数を増やし、動画を観た人々を誤解させ、店に被害を与えることが目的だ。
売虎針軒も、コイツの毒牙にかかってしまった。
今、ここで店主の親父さんが山海を殴ってしまったら、もうヤツの罠に飛び込んでいくのと同じだ。
もう、親父さんは山海を殴ろうと拳を構えている。
「親父さん!やめてくれ!!こんなヤツ、無視するんだ!!」
「ダメだ!こういう奴は一発、ぶん殴らないと気がすまねぇ!!」
「フン!マズイ料理を出す上に、客に暴力か……。こんな店、潰れてしまった方が良いな……」
山海は更に煽る。
親父さんも僕も、怒りの限界だった。
そんな時……。
店の自動ドアが開いた。
そこに立っていたのは……。
全裸の男だ。
目を疑ったが、店の前には間違いなく一糸まとわぬ、生まれたままの姿の男が立っていた。
「……」
「……」
「……」
店内に居る全員の時間が止まった。
僕も、親父さんも、山海もなにが起きたのか理解できず、ただ硬直。
男は全裸のまま、店の中に入ってくる。
僕らは、ただ、その全裸の男が雄々しく歩いてくるのを見ているしかなかった……というか、もはや、それしか出来なかった。
全裸の男は、呆然としている山海の前に立つ。
矢のように次々と毒を吐いてきた山海だったが、突然現れた全裸男の威圧と雄々しさを前に、なにも言えなくなっている。
すると、全裸男は口を開き……。
「人が全裸になっている時、なんで、そんな不愉快なことをするんですか!?」
と叫んだ。
言っていることの意味がわかるようで、わからない。
そもそも、何故、この男が全裸なのかがわからない。
全裸男は更に喋り続ける。
「いいですか……。全裸になっている時って言うのはね……なんていうか、こう……」
「なんなんだ、お前!?なんで全裸なんだ!?変態か!?」
全裸男の言葉を遮るように山海は叫ぶ。
すると、全裸男は額に青筋を浮かべる。
「今、人が話をしている最中でしょうが!?」
全裸男は大きな声で叫びながら、大きく右腕を振り上げた。
バコッツ!!
「ぶぎゃあああああああーーーーーー!!!!!!」
全裸男は山海の顔を思いっきり握り拳で殴った。
山海は数メートルぐらいは軽く吹っ飛び、店の壁に激突。口から泡を吐き、白目を剥いて、情けなく尿類を漏らして失神。
その光景に、店内に居る客全員が愕然とし、目を疑う。
「……まったく」
全裸男は、そのまま山海が座っていたカウンター席に座る。
そして、テーブルの上にあるメニュー表を手に取った。
全裸男は呆然としている親父さんに向かって、こう言う。
「すみません。この、汁なし担々麺って言うのを、一つ」
全裸男は、何事もなかったかのように汁なし担々麺を親父さんに注文。
親父さんは素早く携帯電話を取り出し、警察に通報した。
完