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タイの麻薬中毒者の更生施設が寺院だった 後編

 前回に引き続き、タイ人に有名な麻薬中毒者を受け入れて更生させる寺「タムグラボーク寺」の1日の生活を追っていく。

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 前回の最後にタムグラボーク寺の僧侶が自らサムンプライ(タイの香草、あるいは漢方薬になる生薬)を収穫しているところまで紹介した。サムンプライはタイの伝統医学に基づいた療法に使われる薬であり、タイ料理や女性向けのエステなどにも利用されている。

 タイではタイ伝統医学が国に認められていて、医学部にも専門学科が存在する。そんなタイの医学部の始まりは涅槃像で有名な「ワット・ポー」だとされる。また、タイは今でも公立校は大概寺院に併設されている。だからこそ、こういった寺院でサムンプライが医療用に活用されていることは不思議なことではない。

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 サムンプライの準備が終わると、こうして大釜で煮込んでいく。煮出して得られた汁を様々な形に加工していく。ひとつは前回紹介した丸剤で、もうひとつは液状のものだ。

 液状の投与がこの更生プログラムの中の投薬治療の中心であり、どの患者も声を揃えて最もきついという。これも日に2回行われるが、全員に実施されない。

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 この投薬は入所最初の5日間と最後の日に行われる。午前と午後にサムンプライを煮詰めた汁を飲み、体に残る毒を吐き出させるのだ。この液状の薬には数十種類にもおよぶサムンプライが含まれる。飲むと胃の中が丸剤以上にぐるぐるとし、すべて吐き出さないと頭がくらくらして数時間は寝込む羽目になる。

 そのため、飲む必要がある患者たちは溝の前に並び、僧侶が投与するのを待つ。ショットグラスのようなもので、ほんの少しだけ飲むのだが、数秒ですべての人が側溝に嘔吐し始める。

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 これが最初のうちはうまくいかない。しかし、出し切らないともっときつくなってしまうので、できなくても吐かなければならない。そんなとき彼らはみんなでこぶしをぶつけ合い鼓舞し合う。先輩は新しく入ってきた者たちにうまく吐くにはどうするかを教え、応援する。

 こういった日々の彼らの連帯感が、孤独で、廃人になるしかなかった道から抜け出せ、クスリをやめられると信じている原動力になる。そして、彼らはみな、立ち直れると確信すらしている。

「最初はうまく吐き出せないですが、慣れれば毒が吐き出されて体が浄化していくような気持ちです」

 と、滞在10日目の中毒患者が言った。ただ、また飲めと言われるともう嫌なのだとも言った。実際、この苦行が自分を浄化すると信じ、毎日飲む奇特な患者もいるにはいる。

 取材した日がちょうどこの薬を飲用最終日というアメリカ人男性の患者がいた。

「もうやらなくていいのが最高に嬉しい」

 と喜んでいた。

 ボクが個人的に思うことだが、実際にこの薬に麻薬をやめられる「効能」はそれほどないのではないかと見る。ボクが禁煙に成功したとき、しばらく吸っていなかった身体にきついタバコを吸ったことで身体が拒絶反応を示したようで、吸いたいと思わなくなった。実際に禁断症状に耐えきれなくなった際にきついタバコを吸わせる手法は西洋医学の禁煙プログラムにもあるそうだ。それと同じで、このきつい体験が麻薬をやめられる「効果」を生み出しているのではないか。

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 薬の時間が終わると、午後の課業まで自由時間になる。この間、患者たちは日陰に集まり、談笑し、ギターを弾いて歌う。こうしてさらに連帯感が強くなっていく。

 取材時に最も若かったのは13歳の少年だった。中学1年生である。

「小学校のときに友だちに大麻やヤーバーを勧められて始めました」

 タイは法的に麻薬に厳しい国でありながら、このように身近な存在でもある。少年はクスリを買う金はクスリを転売して得た。悪循環であるが、これはこの少年に限らず、入所していたほとんどの患者がそうだった。ここにいる患者の多くは中流層以下の経済階級に属していて、決して普通の生活も豊かだったわけではない。多くがクスリを手に入れるため、最初は友人らにカネを借り、返せなくなって人間関係が壊れ、善悪の判断もつかなくなって、最後に密売の片棒を担いでいた。

 タイでは違法薬物の密売は死刑もありうる重罪だ。もう心も身体もどうしようもなくなったとき、この13歳の少年にある人が手をさしのべた。担任の教師だ。教師がいろいろと調べてくれ、タムグラボーク寺を教えてくれた。麻薬遊びにハマる友だちも誘ったが笑われただけだったという。だから、この少年はひとりで来た。

 麻薬中毒者は抜け出そうとする仲間の足を引っ張ることはよくある。この施設にいる彼らはみな、そういった環境の中で「ノー」を示し、強いクスリへの欲求に抵抗を示した人ばかりだ。ある意味ではここにいる患者は幸せだと僧侶が言う。

「妻や夫、家族や友人。諭してくれる大切な人がいて、失ってしまうものの大きさに気づけた人たちです。だからこそ、強く変わりたいと思い、こうしてここにいるのです」

 ここにいる誰もが壮絶な環境からやって来ている。覚せい剤、大麻、コカイン、ヘロインなど、あらゆる薬物に手を出してきた。そして、ここにいる患者たちに共通しているのは「やめたい」という強い意志だ。ある意味では運よく、大切な人たちが周囲にいたことで救われたり、自ら立ち直ろうと決心できた。

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 午後の課業は様々で、自らが望んだり、僧侶の采配、あるいは話し合いで振り分けられる。掃除する仕事、サムンプライの栽培や収穫、仏像の製作など様々ある。

 タムグラボーク寺はのどかな山中にある。そのため、日中などは静かで、心安らぐ環境にある。どの仕事も決して楽ではないが、きついというわけでもなく、のんびりと養生するに向いている。

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 課業が終わると、1日で最後の、敷地外に出られるチャンスになる。それはサムンプライのサウナに入ることだ。タイ伝統医学における治療や、女性の美容関係の施術の中にこういったサムンプライのサウナが昔からある。

 仕組みは簡単だ。タムグラボーク寺の敷地内で収穫したサムンプライをこのように大釜で茹でる。その蒸気を配管を通してサウナ室に送り込むだけだ。

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 サウナ室の中は蒸気で満たされていて、身体の表面だけでなく、呼吸によって体内にも取り込まれる。サムンプライの効能を効果的に体内に取り入れることができるので、タイ式サウナは理に適った施設とも言える。

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 こういったサウナはタイやラオスの各地にあって、民間や寺院などで利用されている。寺院に設置してあるサウナはだいたい無料なので、近隣の住民も入る。タムグラボーク寺の場合は、一般市民と麻薬中毒患者が一緒にサウナを楽しむ希有な場所だ。

 朝5時に起床し、食事、クスリ、課業、そしてサウナが終わるとちょうど18時ごろになる。タイでは朝8時と夕方6時は国旗の掲揚と降納の時間だ。これは国籍関係なく、タイ国に敬意を表して全員が整列して行われる。

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 これが終わると夕食があり、そしてそのあとは宿舎の外から鍵を閉められて、彼らは閉じ込められる。21時の就寝時間までは僧侶の説法が行われることもある。それが終わり消灯されると、みんなで雑魚寝する。

 ここで暮らし、麻薬中毒患者の面倒を看る僧侶は言う。

「私たちは仏教の教えの元、困窮している人々を受け入れています。ここに来るにはなにもいりません。しかし、自分の意志で今の状況から抜け出したいと強く決心している意志だけは必要です」

 ここではタイ伝統医学に基づいた治療法と薬を用意しているが、最終的には個人個人が自分の意志でここに来て、自ら今の自分を捨てて生まれ変わることを望んでいなければならない。

 しかし、前述のように、悪友たちが足を引っ張ることもある。ここの更生プログラムを無事に終わらせたのに、地元に戻ればそそのかされて、再び麻薬に手を出してしまうこともある。タムグラボーク寺の麻薬中毒更生プログラムを受けたからと言って完全にクスリと断ち切れるとは限らないのだ。本当に必要なのはプログラムではなく、患者自身の意志しかない

この寺で更生プログラムを受けられるのは人生で一度だけです。厳しいようですが、一度変わりたいという意志を示したわけですから二度目はありません。そして、残念ながら100%の人が立ち直れるとは限りらないのが現実です」

 前述の通り、ここを出るときは生まれ変わったとしても、元の生活の環境がつきまとってしまう。実はこの更生プログラムの成功率はいまだわかっていない。二度目はなく、更生できなかった者は連絡してこない。そのため、成功したか否かの統計がないのだ。

 一方でここの治療で麻薬から抜け出せた者は、ときに手土産を持って再び施設を訪れる。後輩(と言ったら変だが)たちを応援し、自身の成功例を見せてくれるのだ。さらに、ここで治療を受けた白人の何人かは寺院に残り、ボランティアとして施設の裏方となっている。白人女性のひとりは尼僧にもなっていた。

 このように成功しなかった例は成功例しか目の前に見えないことで、プログラム内に元の生活の場に戻ったときに本当に気をつけなければならないことを教える項目がない。そのため、療養する患者たちの本当の戦いは実はここにはないのだ。この先にある。

 この寺院の療養所はすべて寄付で賄われている。もしこの寺院の活動に興味がある方はこの寺院を訪れてみるべきだ。

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