タイ人が老後に移住したいというラノーン県【前編】
タイ南部の県、ラノーンはバンコクのタイ人たちが老後に移住したい場所として挙げる県のひとつなのだとか。自然が豊かで、少し足を伸ばせばプーケットも近い。海も山も、そして温泉もあるので、のんびりと過ごすのに適している。
飛行機は便数が少なく、バンコクからは長距離バスか、いったんプーケットに飛んで陸路で北上した方が行きやすいとも言われるほど、ある意味、バンコクから遠くて秘境のような県である。
そんなラノーン県をざっと紹介していきたい。前編は市街地に近い辺りを見ていこう。
タイ東部のラヨーンと間違える人がいるが、今回紹介するのはタイ南部のラノーン県だ。正直、かなり中途半端な場所にあり、ペルーのように細い。幅も最も狭いところで9キロしかないのだとか。
飛行機もフライト数が限られているので、陸路で行く方がいい。バンコクからだと南部行きバスターミナルから出発することになる。
とはいえ、片道で9時間もかかる。深夜に出て朝到着する、あるいは早朝に出発して夜に着くバスで行った方がスケジュール的にいい。
9時間は結構しんどい。普通のバスでは厳しいので、VIPバスで行くことをおすすめしたい。700バーツ前後になるので、そこそこの値段はするが、フルリクライニングで行くしか方法はないだろう。
空港から市街地も結構遠いので、不便極まりない。空港から市街地の移動手段の確保も面倒だし、安くない。ソンテウがあるが、それだと場合によっては待たされる。ラノーンとはそんなところなのだ。ここまで行きにくいので、なおさら秘境感が出てくる。
そんなラノーンの歴史は案外おもしろい。国主がタイでは珍しくタイ人ではなかった。タイ南部に多い、中国福建省出身者が国王となった。福建の漳州に生まれた許泗漳(コースーチアン)がマレーシアのペナン島に着き、その後、今のパンガー県を経てスズ採掘者になり、ラノーンを開発したという。
ラノーンは鉱物が豊富で、サイアム政府の財源のひとつにもなっていた。「ラノーン」とは「鉱物(レー)が満ちている(ノーング)」ことからレー・ノーングと呼ばれたことに由来するという。
かつてのタイは、東南アジアを植民地化したい欧州列強国との交渉に莫大な資金が必要だった。それを調達するための資源をラノーンが提供した。だからこそ中国人であるにも関わらず、コースーチアンは国主として認められた。サイアム政府(当時のタイ政府)から官位を授かり、チュンポーン県から独立する際、ラノーン国主としてラマ4世王に認められたのだ。
画像の人物は、そんなコースーチアンの直系子孫だ。名をコーソン・ナー・ラノーンという。タイではこのように「ナー+地名」が姓の人はかつて国主だった、あるいは当時の王朝などに深く関係している家系であることを示している。許家は官位を授かってからタイ名を名乗るようになっていて、そのときに姓がナー・ラノーンとなった。
コーソン氏はまもなく90歳になろうという年齢だ(取材時は2017年なので、撮影時は86歳だった)。許家が代々住んできた「ジュアン・ジャオムアン・ラノーン」にある廟を今も守っている(下記マップ参照)。廟というか資料館は小さいが、敷地自体は広大だ。そんな土地を囲う外壁はところどころ崩れて遺跡のようだった。氏は中華系タイ人だが健康的な色黒さで、気のいいタイの老人といった風情だ。
コーソン氏は言う。
「ラノーンは自然が豊かな場所だ。雨もタイで最も多い」
そう。ラノーンはタイで特に降雨量が多い県で、とにかく雨雨雨。山が多く、横はすぐ海という環境なので洪水はあまり起こらないようだし、自然が豊かな分、気温も高くない。そのため、湿気をあまり感じない。とはいえ、まあこの雨は本当によく降る。
そんなラノーンではレンタカーをおすすめする。公共の交通機関がソンテウしかない。荷台を座席に改装したピックアップトラックだ。タイはバンコク以外だと公共の交通機関が今でもあまり発達していない。タクシーが走る県は数えるほど。路線バスも意外とない。
ただ、おもしろい点もある。移動手段に地方性があるのだ。たとえばトゥクトゥクなんかはバンコクでは三輪のあの形だが、アユタヤのトゥクトゥクは映画「稲村ジェーン」に出てきたミゼットっぽいし、プーケットは軽の四輪だ。
このソンテウもバンコクやパタヤはピックアップトラックに荷台がついているが、ラノーンのはちょっと違う。荷台に座席はそうなのだが、運転席からうしろは木造の荷台になっているのだ。なんという魔改造なのか。
ラノーンの見どころのひとつが温泉だ。日本ほどアツアツの湯ではないが、とりあえず温泉が湧きでている。市内に一番近いのがこのラックサワリン温泉だ。
1890年に発見された源泉で、1967年にメーファールアン(現国王の祖母、シーナカリン王太后とも呼ばれる)によって「病気を治す水」と名づけられたことが始まりだ。
ラノーン県の断層から湧き出る7つの源泉の中でラックサワリンは最大だという。源泉の温度は65℃と熱すぎず、硫黄が含まれないため温泉らしい臭いを感じない。このエリアは市街から近いとはいえ山の谷間にあって、空気に溶け込む緑の香りを堪能できる。
ラックサワリン温泉は公園になっていて、無料の温泉や足湯、私営の有料温泉がある。小川の横にある休憩所の下を源泉が通っているので、床が温かい。週末にはここでヨガ教室が開かれている。
また、公園の横に飲食店もある。たとえばこの「クンリン」はラノーン料理を楽しむことができる。
この店はなぜかてるてる坊主がたくさん飾られている。オーナー曰く、雨が多い県なので、日本のてるてる坊主をヒントにして、ここでは願い事を書いて飾るという遊びを客に提案しているという。
ラノーンは自然が豊かで、海も山もある。つまり、あらゆる食材が手に入る場所でもある。そのため、南部料理とは別に「ラノーン料理」が発達した。タイ料理は北部や東北部、南部など地方性はあるものの、県ごとに異なった特徴はあまりない。その中ではラノーンはかなり珍しい部類だ。
ラノーン料理の代表がこの魚料理である。ラノーンでしか食べられない食材のひとつで、プラー・ルムプックというニシン科の魚を使っている。この店では甘酸っぱいスープで8時間も煮ているそうだ。鱗まで柔らかく、骨もすべて食べられる逸品だ。
この醤油っぽい色はラノーンの特産であるシーイウ・カーウ(白醤油)だ。
野菜も豊富なのがこのラノーンの魅力だ。地元の素材を使った飲食店がそこかしかにある。
ラノーンはほかにカシューナッツの産地でもあるし、小エビを発酵させる調味料のガピも有名だ。とにかくなんでもある。
そして、タイならではで言えばエビもたくさん獲れるようだ。ぷりぷりのおいしいエビが、比較的安価で食べることができる。
それから、ラノーンは先にも述べたように中国文化も強く影響している。タイ料理そのものも潮州料理の影響が強いが、バンコクとは移民の出身地が違うためか影響を受けている中華料理が違うようで、ラノーン料理はタイ料理の中でもかなり独特と言える。
また、南部なのでイスラム教徒もいるし、タイ南部料理も少なくない。米粉の微発酵麺であるカノムジーンのナムヤー(スープ)もなんだか南部カレーのような雰囲気だし、ワタリガニがたっぷり入っている。このタイプはバンコクではあまり見ない。
このように、ラノーンは魅力だらけなのだ。だからこそ、タイ人が老後に移住したいと言うのである。次回はラノーンの市街地郊外の見どころを紹介する。
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