タイの死体の片づけ方
華僑報徳善堂(以下「報徳堂」)でボランティアをしていると、当然ながら人の死に直面することが多々ある。病死もあるし、事故死もあるし、殺人現場も何件も見てきた。中には目の前で人が死んでいったケースもある。
そんな現場に報徳堂が駆けつけると、ボランティアが中心になって死体を回収する。これはほかの団体もたぶん同じだと思う。タイ語ではゲップ・ソップという。たぶん他国とはそのやり方が全然違うのではないか。タイでは他国ではたぶん使わないあるものを利用して死体を回収して運んでいくのだ。
報徳堂については下記で紹介したことがあるので、そちらを参照に。
死体が出た現場はタイといえども気楽ではない。いろいろな手順があるからだ。さすがに人が亡くなっているので、関係各所の調整が必要になる。
まず、第一の前提として、報徳堂内ではボランティアに死体を搬送する権限はない。適当に死体に触れることも許されない。基本は警察官、あるいは報徳堂の本部隊員の指示の下で行動する。
死体は搬送前に本部隊員によって必ず死体の指紋を採取し、IDカードの確認が行われる。また、少なくともバンコクにおいては東京と同じように、死体が出た現場には基本的に検視官が来ることになっている。病院以外での不審死は検視官が現場で確認を行い、必要があれば警察病院で司法解剖が行われる。
検視官や警察官の指示があるまでは我々は待機しなければならない。死体に勝手に触れてもいけない。警察病院へ搬送するのも本部の車だけだ。
ただ、あくまでもケースバイケースで、ときには検視官が来ないときもある。圧倒的に人手不足のようで、事件が多い日は全然来ない。そんなときは死体を回収して、警察病院に運んでしまう。もちろん、それは警察の判断になる。
運ぶ前には本部隊員が指紋採取などを行うし、身分証の確認も行う。身分証は大概ポケットか財布に入っている。死亡者の関係者がそこにいれば、その人に身分証を死体のポケットなどから出してもらうが、いない場合は上の画像のように、周囲の人に見えるように報徳堂隊員が取り出す。ケースによってはわざわざ野次馬たちを近くに寄せて確認を行うくらいだ。
かつてタイのボランティア隊員たちは不良少年ばかりだと言われていて、死体やケガ人から金品を奪うという噂があった。もしかしたらかつては実際にあったのかもしれない。なにせ、90年代に欧州の飛行機がスパンブリー県に空中分解して墜落した事故があったが、地元レスキューや地元住民たちが散らばった乗客の私物を持って行ってしまうという恥ずかしい過去がタイにはある。しかし、少なくともボクが参加している2004年にはそんなことは一切なく、むしろ本部が最も強くボランティア隊に指導するのはこの所持品確認の所作だ。
この画像の現場は早朝だったので警察官と隊員しかいなかった。実はこのとき、ボクは活動に参加していたわけではなく、友人と朝まで飲んだ帰りで、たまたま現場を見かけたのでタクシーを降りたに過ぎない。つまり、野次馬はボクだけだった。そのため、警察官にも言われて現場の写真や財布を開けているシーンをカメラに収めたという経緯がある。
本部隊員、あるいは警察官の現場検証が終わると死体回収に入る。ここがタイ特有なのではないかと思うシーンになる。
それは、タイには欧米などのような死体袋がない。よく映画で見る、分厚いナイロンのような質感の、ジッパー付きの黒い袋のこと。実は10年以上前にタイでも導入が検討された。ところが、そもそもタイの救急救命はボランティアに支えられていて、救命活動のほとんどがボランティアたちのポケットマネーで行われている。そんなボランティアにもちょっと手が出ない金額だったことや、気候の問題で見送りになった経緯がある。
タイでは死体回収は白い麻の布で行う。地面に布を敷き、防水加工された紙を大量に置く。死体というのはいろいろな液体が出てくるので。そして、そこに死体を載せ、布でくるむと頭と足の部分できつく結んでしまう。普通に思いっきり強めに、いわゆる固結びというのだろうか、そんな結び方をする。解くことは考えずに結んでしまうのである。
そうすると、布は小さめなのでピンと張りつめてきつくなり、棒のようになる。こうなればひとりでも担げるほど持ち運びやすくなる。あとは本部隊員の車に乗せ、ボランティアの仕事は終わる。
報徳堂の指導もあるし、仏教徒でもあるからか、死体には敬意を払う。先の金品窃盗はやってはいけないことという指導を嫌になるほど我々は本部から受ける。そして、もうひとつ我々が絶対的に守ることは「死体を落とさない」だ。敬意だけでなく、司法解剖に悪影響を与える可能性もあるという事情もあるが。
報徳堂などは基本的に市民の寄付で活動が成り立っている。バンコクではローンソップ(棺桶)という功徳の積み方がある。それは報徳堂などの本部ないし支部に行き、無縁仏用の棺桶を買う行為だ。いくらでもいいし、実際にすべての寄付金が棺桶に回されるわけではないが、それで活動が維持され、タイの救急救命が成り立つ。
なにに使われるかわからない方法で寄付をするのが嫌な人は、貧困層や洪水などの災害被害向けに米など現物で寄付するケースもある。また、ちょっとマニアックな人になると、死体を包む麻の布を寄付するケースもある。
タイで功徳する先を探している方はこういう救急救命団体に寄付してもいいのでは? 中には救急車を寄付する人もいるくらいで、高額になると報徳堂などの認可された団体の領収書は税金控除にも利用できる。
タイは来世のために徳を積むという行為が普通で、ボランティア活動が当たり前のように行われる。貧困層だってできることをする。資産がある者は現金や現物を寄付し、持つものがない者は自分の身体を使って奉仕する。それがタイだ。
報徳堂などのボランティアはかつてはそういった貧困層の若者がなるケースが多く、今も概ね大差はないにしても、救急車を自前で作るくらいの人もいて、わりと金持ちだったりする。金持ちと貧困層が混在するという点では、活動内容も含めて、報徳堂は慈善団体としてはかなり特殊な部類だなと思う。