SNSアカウントを殺した話

世の中の間違いに声を上げる。傍若無人なわがままは許さない。ここ数年、そうやってSNSを利用していた。何の功名心もない自分の正直な気持ちだし、気持ちの表出は表現の自由だ。SNSで喧々諤々言い合いをしている人達は大抵そういう気持ちだろう。俺もそうだった。SNSで言いたいことが直接言えるいい時代だと思っていた。

結果的に、先日私は十数年共に歩いたSNSアカウントを消した。いや、殺した。

様々なSNSがあるが、俺の主戦場はTwitter(X)だ。いつも通り、わがままを言う奴にそれはわがままだと指摘していた。そいつは表面上、下手に出て来た。これは釣りだ。俺が調子に乗って墓穴を掘るのを誘っているのだ。もちろん、本心で下手に出てくることはあるが、どっちみち、気持ちよくなって調子に乗ってはいけない。慎重に対応する。

そいつはとうとう本性を現し、「さよなら」と捨て台詞を吐きブロックしてきた。ほらな。釣り宣言だ。気付いていたからダメージも少ない。スクショして晒してこいつの人間性を社会に問いかけよう。世の中が少しは良くなるはずだ。捨て台詞にしては罵詈雑言も少ないな。SNS経験が浅いのかな。なんて誇らしくスクショを眺めていると

「自分の事は棚に上げて何を偉そうにしてるんですか?」

特別珍しくもない言葉が目に飛び込んできた。罵詈雑言でもない。ただの負け惜しみにしても弱すぎる。が、心に引っかかる。

わがままなのは誰でも無い、自分だったのか

気付いた。何気ない言葉で気付いた。やっと気付いた。「自分を棚にあげてわがまま言うもんじゃない」とクレームを入れていたのは誰でも無い、俺だった。自分を棚に上げてわがままを「言い合ってた」だけだった。数年間ずっと。

私は十数年共に歩いたSNSアカウントを殺した。「今まで仲良くしてくれてありがとうございました。」なんて、しおらしく隠居なんかさせない。私は私が手塩に掛けて大切に育てたSNSの人格に「殺意」を抱き、逃げるようにSNSアカウントを殺した。


数日後、元の名前で鍵垢でXを始めようと思った。SNSでの十数年は殺したいほど憎いとはいえ、やはり愛着があった。でも、自分勝手に殺しておいて虫が良すぎと吐き気がして消した。

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