土木弁論大会「有馬優杯」ーなぜ今、弁論なのか
土木学会の弁論大会「有馬優杯」が9月21日に行われます。
個人的には、この大会には3つの意義があると感じています。
1つは、土木弁論大会の目的でもある、土木を語り継ぐということ。
この時代の人間が、土木や土木技術者について自分のことばを紡ぐこと自体が、後に続く人にとっては価値があります。
2つ目は、土木業界の外にいる弁論家を土木広報に巻き込むこと。
そもそも土木は、人々の生活、安全や経済発展の原動力であって、その受益者は土木業界の外にいる一般の人々です。土木広報は土木業界のためならず。土木業界の外にいる表現者を巻き込んでこそ、本来あるべき土木広報ではないでしょうか。
3つ目は、現役の土木技術者が弁論ということばの技術を学ぶこと。
現代は、土木に明るい兆しが見えづらい状況です。建設業全体の予算は政局や財務省の意向によってコロコロと左右されるなかで、土木では災害の時代・維持管理の時代に急激に移行し、少子高齢化が進んでベテランは引退するのに若者が入ってこない状況がすでに始まっています。かつて日本を盛り上げた明石海峡大橋や新幹線のような巨大土木プロジェクトの熱気はもはやなく、貿易立国日本を支えた港湾も、いまや東京港のコンテナ取扱量すら世界35位。
世間一般も閉塞感に包まれるなか、土木技術者は社会の未来を思い描くことが難しくなっています。このままでは、私達が責任世代になる頃には、日本は立ち行かなくなるかもしれません。
いま必要なのは、私達ひとりひとりが、「国語力」を磨くことです。
土木の意義や未来を自分の頭で考え、考えたことをジャーゴンや業界用語を使わずに明快に表現し、聴き手のこころに訴えることです。
なぜ今、弁論なのか。
そう聞かれました。むしろ今は対話じゃないのか、と。
もちろん対話を重ねることは大切です。
だから、心ある土木技術者の中には、定期的に対話の機会を設けて、自分の考えを研ぎ澄ませ続けている方もたくさんいます。そういう人にとってこの大会は、そのように日々対話し、思索したことを発表するのにぴったりの場所となるでしょう。