景観の保全:地域ルールの明確化を考える
はじめに
まちづくりにおいて、景観は最も重要な要素の一つである。重要だと考える理由は様々なものがあるが、観光地のまちづくりという文脈で考えると、景観が観光客の満足度に与える影響が大きいからということが、景観が大事であると考える一つの理由となる。
しかし、通常の施設等と違い、景観の保全は難しい。多くの場合、その所有はバラバラの人に属しているし、そもそも景観と言われて何を指すか、不明確なことも多いからである。
一部の地域では、景観の重要性が議論され、その保全のための取り組みが行われている。本Noteでは、そうした景観の保全に際して、重要な法的概念である環境権や景観利益に関する判例等を紹介し、地域ルール明確化の重要性について検討していく。
環境権
環境への関心の高まりから、1970年代に「環境が良好な状態に維持されること」それ自体を人格権や物権と同じような個人の権利(環境権)とみなして、それへの侵害を排除する訴訟が提起できるという考え方が生まれた。しかしながら、かかる環境権が裁判所で認められることは、ほとんどなかった。
環境利用が原告の生命・健康・財産を侵害する場合、人格権や物権に基づく差止訴訟が認められることには争いがない。しかし、そうした侵害はないが一定の悪影響が生じる環境利用については、通常なんらかの経済的理由が背景にある場合が多く、そうした環境利用について賛成する立場の人も、反対する立場の人も存在する。
民事訴訟は個人の権利・利益の保護を目的とした権利調整手段であるところ、環境権という必ずしも個人に帰属するわけではない権利をベースに、民事訴訟で環境に関する権利調整(望ましい環境状態を決めること)を実施するのは難しいのである。
景観利益
個人の権利として構成されていた環境権とは、少し異なった形で提唱され始めたのが景観権・景観利益である。当初は、環境権と同様に権利内容の不明確さを理由に、法的保護性は否定されていた。しかし、国立市大学通りマンション事件判決によって、景観利益の享受主体が土地所有権者だけでなく、良好な景観が存在する地域内の住民一般にまで拡大されたことで、景観利益は景観保全において最重要な法的概念となった。
国立市大学通りマンション事件においては住民の請求は認められていないが、かかる判例の影響を受けた鞆の浦世界遺産事件においては、実際に景観保全に成功している。ここでは、国立市大学通りマンション事件及び鞆の浦世界遺産事件を取り上げて、景観利益に関する裁判所の判断を見ていく。
国立市大学通りマンション事件
国立市大学通りマンション事件判決(最1小判平成18年3月30日)において、以下のように判示され、①それなりの客観的価値を有し歴史的・文化的環境を形成する都市景観の存在、②それとの関係での近接居住性、③その恵沢の日常享受性、という要件を満たす景観利益は法律上保護に値するものと示された。
しかし、同時に景観利益が持つ弱点も指摘され、どのような場合に景観利益に対する侵害が違法になるのかという点については以下のように判示されている。結論としては、まちづくりの活動によって良好な景観が存在し、地域の住民には景観利益が存在していることは認めつつも、建築が始まった時点において、国立市が条例により景観を保護すべき方策を講じていなかったことを指摘し、事業者の行為に違法性はないと示している。
中々分かりにくい表現であるが、景観利益は、人格権や物権のような権利と言えるほどの強さを持つ利益ではないのであり、第1次的には条例等によって、その内容が規定されるべきであり、そのような条例があってはじめて、景観利益の侵害が違法である可能性が出てくるという点を示していると考えられる。
なお、以下は本訴訟の第1審判決で都市景観の特殊性として述べられたことであるが、まちづくりという地域住民の継続的な取組みによる結果としての都市景観という点が、今回の訴訟の背景として存在している。しかし、最高裁は上記で示した通り、景観利益を単なる居住による享受利益という受動的なものととして判示しており、住民による積極的なまちづくりの活動と景観利益の関係性について考慮したかどうかは不明確である。
鞆の浦世界遺産事件
上記判例で示された景観利益の考え方だが、こうした考え方が影響したとされるものが、鞆の浦世界遺産事件(広島地決平成21年10月1日)である。ここでは、当該地方における景観利益が法律上保護に値する、ということを導く根拠として、瀬戸内法13条1項を挙げていると解釈できる。
瀬戸内法13条1項の存在によって、公水法2条1項の免許判断の根拠法の中に、考慮事項として環境配慮が明示的に含まれ、かつその内容が具体的規範性を持つ規定であると判断されたため、瀬戸内海の景観利益が法的保護に値するという判断につながったということである。
国立市大学通りマンション事件と対比して重要となるのは、明確な地域ルールの存在である。国立市大学通りにおいても、まちづくり活動の結果として事実上の自己規制がなされており、慣習としての地域ルールは存在していたが、条例等の民主的手続きによって定められたと言えるものはなかった。鞆の浦世界遺産事件においては、景勝地としての瀬戸内海の保護という点が、瀬戸内法によって明記されており、地域ルールとして民主的手続きにより明確化されていると判断されているのである。
地域ルールの明確化
景観利益の考え方は、通常の民事訴訟で問題となる個人の権利関係とは少し異なる。通常の紛争では、問題となる個人の権利侵害について、事実認定のために証拠を集めることになるが、景観利益に関しては個人の権利性という側面というよりも、当該個人が所属する共同体における意思=地域のルールが鍵となるからである。
そして、訴訟においては、かかる地域のルールをどのように立証していくのかという点が課題となるだろう。景観に関する地域のルールは、様々な方法によって存在している。まちづくりは長い期間におけるコミュニティの運動でり、それはコミュニティ内で守られてきた暗黙のルールであるかもしれないし、まちづくりの結果として形成されてきた現状の景観そのものが、そうした地域のルールを示すものとして考えられている可能性もある。仮に明確な形で規定されていれば(例えば、真鶴町のまちづくり条例及び美の基準等)、地域のルールを立証するのは簡単かもしれないが、上記で記載したような暗黙の曖昧なルールについては、立証は困難になるだろう。
地域のルールについて、全てを明確化するべきと主張するものではないが、地域の景観を守っていくという現実的な目的のためには、地域のルールについて、行政法規や条例等によって公法的ルールに高めていくことを検討すべきではないか。
文献
北村喜宣. (2020). 環境法. 弘文堂.
都市計画・まちづくり判例研究会. (2010). 都市計画・まちづくり紛争事例解説 - 法律学と都市工学の双方から. ぎょうせい
吉村良一. (2007). 景観の私法上の保護における地域的ルールの意義. 立命館法學, 2007(6), 2041-2073.
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