ポル・ポト政権はなぜ知識人を処刑したの?
ポル・ポトはカンボジアの歴史に残る独裁者で
大量虐殺により「アジアのヒットラー」とも言われ
1975年から1979年までの3年8ヶ月の間で
国民の3分の1である約200万人を処刑した人物です
犠牲者は学校の先生や医者、学者や弁護士など
知識があり社会的に地位の高い人々が多く
教員の75%、大学生の96%が処刑され
カンボジアの教育史に大きな傷痕を残しました
学校の先生などの教育の人材を処刑しただけではなく
小中学校や高校など多くの学校設備も破壊され
現在でも子供たちが勉強できる校舎が足りず
日本からも多く団体が学校建設に携わっています
そんなポル・ポトはどのように幼少期を過ごし
どうやってカンボジアのトップまで上り詰め
なぜ、このような恐ろしいまでもの
多くの人々の処刑を行ったのでしょうか?