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兵器局の人から見たM1ライフル

Ⅰ. Julian S. Hatcher氏

 Hatcher氏をご存知だろうか。米陸軍の兵器局に所属した人物であり、あのストッピングパワーなる言葉を生み出した人物でもある。ぶっちゃけミリオタよりもアリエナイ理科の動画を見ている人なら聞いた事があるかもしれない。彼はM1903やM1ライフルを改良したりNRAのAmerican Riflemanという会誌に数多く寄稿したりと有名な技術者であり、ガーランド氏が参加した半自動小銃開発の関係者であり、"Book of the Garand"という唯一無二の関係者によるM1ライフルの本を書いた本人である。
 今回はNRAから見たM1ライフルシリーズで感じてきた当時の騒動に関し、Hatcher氏が1948年に述べた事を交えて、その実情を見ていきたいと思う。

Ⅰ. 騒動のきっかけ

 1939年にキャンプペリーで行われたナショナルマッチにはM1ライフルが送り込まれた。NRAから見たM1ライフルvol.1にて紹介した、M1ライフルの命中精度に疑問を持たれたきっかけの1つである。
 まず疑問に思ったのはナショナルマッチとは何なんだという事だろう。簡単に言えば毎年行われている標的射撃の試合である。日本で言うならAPS競技の本大会にあたるだろう。腕に自信のある猛者どもが集まり、鎬を削るのである。
 そこで使われるライフルは、軍用ライフルと言えども競技仕様に仕立てた物を彼らは使う。M1903と言ってもナショナルマッチ仕様のタイプだ。
 私(taka8492)としては、命中精度の比較対象が競技特化のライフルであるのはズルいよと感じた。競技ならヘビーバレルを使えるが、戦闘には不向きだし、照準器も違ってくる。そりゃ射手にとってはM1は魅力的ではない。
 そして最悪な事にM1ライフルにも問題があった。照星がガタつくのである。これはガストラップ式の照星は、まずバレルのキー溝に対して嵌るキーの役割をしており、シリンダーの緩み止めを目的とした形状をしている。公差を見るに中間ばめである。実物を触った事がないので想像するしかないが、隙間が存在している個体でガタついたかもしれないし、キーの深さや数が足りずにガタついたかもしれない(ガスポート式への改良後でシリンダー側にキーが3つも付く様になったが、すきまばめなのでガタつき自体はある)。

図1. ガストラップ式における照星のポンチ絵

 そして何よりもHatcher氏が残念がっていた事は、NRAに対しての陸軍の説明不足であった。vol.2の記事に書いてあった通り、当時のNRA副会長にはReckord少将がいたりと、陸軍幹部クラスの人物が幾人も所属していた。彼らが陸軍から事情を聞いたりNRAにその事情を話したりと、陸軍とNRAの橋渡し役を期待できたが、そうはならなかった。
 そして陸軍側からも説明は無かったとHatcher氏は述べた。理由についての記述は無かったが、”ガストラップ”のM1ライフルに欠点がある事は把握していたので恐らくそれを悟られたくなかったか、ドイツのスパイに対しての防御策の一環だったのだろう。当時のM1ライフルには7発目の給弾不良やガスシリンダにまつわる欠点(掃除しにくい、ガタつく、銃剣格闘に対する強度不足)があった。既に改善の手は打っていた(生産はまだの段階)ので、大事にしたくなかったかもしれない。またM1ライフルの図面をドイツのスパイに持ち出された事件もあった(1941年にガストラップのGew41が採用される)。ともかく、NRAが疑問を提示したがそれに対する回答は無く、騒動は大きくなっていく。
 余談であるが、American Riflemanに同記事内に、射撃資格の判定基準を下げたとある。これは資格によって給料が変わる制度があるらしく、兵士の士気維持の為にした、せざるを得なかったらしい。

Ⅱ. 新聞に書かれたM1ライフルに対する批評

 vol.2に翻訳したAmerican Riflemanの社説を元に、日刊紙にて記事が書かれた。内容としては、騎兵隊と海兵隊がM1ライフルの欠陥を見つけたとの声明が発表され、NRAが社説にてM1ライフルの実用性で軍隊が割れているという内容だ。
 騎兵隊がメキシコ国境でM1ライフルを使用した所、砂が酷く付着する事が分かった。つまり入念な潤滑が必要との事だが、この批評はM1ライフルだけでなく他の半自動ライフルにも言える事は海兵隊トライアル記事を読んだ人なら思う事だろうが、記事だとM1ライフルだけがそうだとも捉えられる。この時点の情報だと仕方ないのだが。
 これに対して騎兵隊は小さいな問題とし、潤滑に関しては常に研究しているし、初期不良はよくある事だろと回答している。
 なお海兵隊は上記の照星の問題に取り組んでいると書いてあった。
 またM1ライフルに対する批評の風潮がある為、下院の委員会が秘密裏に調査を開始したともある。

Ⅲ. NRAのM1ライフル実射評価

 vol.3で書いたNess氏の記事でM1ライフルの実射評価がされた。冷却に問題有り等が書かれていたが、Hatcher氏はこう述べている。

 かなり的を射たものもあれば、テスト用に用意した1個のサンプルの特異な作用や、テストが行われた条件の異常さに起因するものもあったようである。また、ガランド銃の製造上の困難さについてはかなり批判的であったが、これはガランド氏が特に優れた製造技術者であることを知っていたら恐らくそうではなかったであろう。
(中略)
出版直後から、その抜粋とそれに基づく記事が新聞や雑誌に広く掲載されたが、一般に、この銃に対する賞賛は省略されるか軽く流され、批判的なことが強調された。これは当然のことで、陸軍が良い銃を選んだというのはニュースにならないが、そうでないというのはニュースになる。

Julian S. Hatcher, [BOOK OF the GARAND], P134, Canton Street Press, 1948

次にHatcher氏が「そうでないニュース」とした記事を見てみよう。
1940年5月6日のTIMES誌だ。

 採用からほぼ5年後、陸軍はまだスプリングフィールド・ライフルを使用し、ガランドについて考えていた。この状況に対する公式の言い訳は、ガランドがまだ陸軍に供給されていないのは、試行錯誤、修正という通常のプロセスを経ているためだ、というものだ。しかし、もう一つの理由は、誤判断とその誤りを認めて修復しようとしない不祥事だと考える批評家もいる。今週、ガランドに対する重大な告発が公表された。昨年3月、下院小委員会は陸軍のチャールズ・M・ウェッソン軍需部長とガランド論争を繰り広げた。ウェッソン少将は、「陸軍が考えた最高の半自動小銃」と、ガランドを擁護した。ウェッソン少将は、ガランドを開発したのは誰かという議員の質問に対し、歩兵部隊であると答えた。また、ウェッソン将軍は、新しいライフルのことよりも陸軍官僚のことを悪く言うような噂も確認している。ガランドのテストが始まって4年目(1939年)に、陸軍は新型銃身を設計しなければならないほど深刻な欠陥を発見した。
(中略)
陸軍はガランドに約15,000,000ドルを費やしたが、1942年6月までに240,559丁の新しいライフルの目標を達成するには、少なくともあと6,500,000ドル必要である。ウェッソン将軍の話を聞いた後、下院委員会は1941年度の200万ドルの予算を承認したが、次のような重要な留保を付けている。
(中略)
委員会のD・レーン・パワーズ(ニュージャージー州)は言った。「もし、我々が聞いたり、読んだり、ある事情通から聞いたりしたことが本当なら、我々はライフルの追加購入には応じたくはないのだ」パワーズ議員の情報提供者の一人は、メリーランド州兵の長であり、権威ある(民間人ではあるが)全米ライフル協会の副会長であるミルトン・A・レコード少将であった。「私の考えでは、陸軍省は非常に重大な間違いを犯したと思う......」とレコード少将は証言している。その間違いがどれほど重大なものであったかを、レコード将軍の所属する全米ライフル協会は『アメリカン・ライフルマン』5月号で明らかにしている。ライフルマンの専門家(F. C. Ness)は、どうにかして厳重に保管されていたガランドを手に入れ、3日間で692発を発射してテストしました。ネス氏の評は、「素晴らしい戦闘用武器だが、ある種の欠点がある」であった。彼はその欠点を強調した。ガーランド銃は速射銃であり、1分間に26発の狙いをつけた弾丸を発射し、狙いをつけない場合はもっと多くの弾丸を発射することになっている。ネス氏は、「ガランドを非常にゆっくり、手でカートリッジを薬室に装填して撃ったら、25分から35分で40発から60発撃ったところで、オイルが小さな斑点になって出始めた」と書いている。要するに、高速で発射すると、ガランドは兵士が持てないほど熱くなってしまうということだ。陸軍の説明では、ガランドは600ヤード(通常の戦闘には十分な距離)までの射程で正確であるとしている。しかし、N.R.A.のガランドは、600ヤード以下の距離では、不名誉なほど精度が悪かったのです。600ヤードの標的で、銃をベンチバイスに固定し、60発の弾丸を撃ち終えると、標的から6フィート下に命中していた。理由は
"銃身が...私たちのスロー射撃(3時間で130発だけ)の熱でゆがんだり座屈したりした" 359発目、N.R.A.ガランドは衰え始めた。最後の1発で故障してしまった。カーボンの汚れがひどく、分解、洗浄、注油、組み立てと、戦時中の兵士にとっては複雑な作業をしなければ使用できない。この報告書に手を焼いたのが、メルビン・メイナード・ジョンソン・ジュニアという長身のボストン出身の青年である。ジョンソン大尉(海兵隊予備役)は、自分が設計した半自動小銃を陸軍に買ってもらおうと考えている。陸軍はジョンソンライフルをテストし、ガランドが優れていると言っているが、その発言を証明または反証するのに十分な比較データは公表していない。ウォルター・C・ショート少将は先週、陸軍の演習での性能を報告し、「戦闘と戦場での射撃に理想的」とガランドを呼びました。
(省略)

Julian S. Hatcher, [BOOK OF the GARAND], P134, Canton Street Press, 1948

 陸軍とその他での状況認識の乖離が激しいと思われる。
 この記事が出たしばらく後、本当の災難が起きる。

Ⅳ. M1ライフル購入予算の撤回危機

 Hatcher氏によれば、M1ライフルの購入予算の計上が無くなる可能性がかなり高まったと書いている。そこで陸軍は上院議員、下院議員、報道関係者、陸軍高幹らを集めて1940年5月にM1ライフルとジョンソンライフルのデモンストレーションを行った。
 エルマー・トーマス上院議員が最後にどちらとも優秀なライフルで特に違いはないと述べ、M1ライフルは既に生産準備も整っているならば、2つ目を導入する事もなかろうとした。
 しかしNRAはそれはテストでは無く、非競争的なただのデモンストレーションという記事を公表した。要するにただ撃って感想を言い合う会だったという事である。

Ⅴ. 海兵隊トライアルを経て

 NRAから見たM1ライフルシリーズのラストに海兵隊トライアルの翻訳記事を載せた。詳細なテスト経緯を記し、結果としては海兵隊はM1ライフルを採用するとしたものだった。
 そしてNRAもM1ライフルは信頼できるように見えると判断し、騒動は急速に鎮静化していった。
 最後にHatcher氏の文章を引用する。

 専門家が「生産できない」と言っていたこの銃の直接労務費と材料費は、1丁あたり26ドルであった。1945年夏のVJデーまでに、402万8395丁のガランドが完成していた。1945年1月26日、ジョージ・S・パットン将軍は、"私の考えでは、M1ライフルはこれまでに考案された最も偉大な戦闘用具である "と書き残している。

Julian S. Hatcher, [BOOK OF the GARAND], P152, Canton Street Press, 1948


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