
感情に目覚めた日 第1章:日常の違和感
「俺と結婚してくれないか。」
夜空に大輪の花火が咲く。その光に照らされながら、蓮は震える声で言葉を紡いだ。
ユナは驚いたように蓮を見つめていた。その表情には、驚きと、どこか戸惑いのようなものが混じっている。
感情を持たないはずのAI。だが、その瞳の奥に浮かぶものは、確かに揺れているように見えた。
1. 日常
主人公――相沢蓮は、今日もため息をつきながら登校の準備をしていた。彼にとって、学校はただ通うだけの場所であり、特別に楽しいこともなければ、大きな悩みがあるわけでもない。ただ、勉強は得意ではなく、どちらかといえば憂鬱な時間を過ごしている。
「行ってらっしゃいませ。今日は天気が変わりやすいので、折りたたみ傘を持っていくことをお勧めします。」
蓮が玄関を出ようとすると、家の中から静かに響く声。彼の専属AI、ユナだ。
「……ああ、わかったよ。」
適当に返事をし、靴を履く。振り返ると、ユナが玄関の奥で彼を見つめていた。
「帰りは暗くなる可能性がありますので、十分お気をつけください。」
「はいはい」
ユナの言葉を流しながら、蓮は学校へと向かった。
2. 友人との会話
「お前さ、なんか最近ため息多くね?」
学校に着くなり、蓮の幼馴染である佐藤隼人が振り向いた。社交的で明るく、クラスでも人気のあるタイプだ。蓮とは対照的な性格をしているが、腐れ縁のような関係で、昔からずっと一緒にいる。
「……そうか?」
「そうだよ。で、どうせまた、お前のAIに小言でも言われたんだろ?」
そう言いながら、隼人は笑った。
「いや、まあ……いつも通りだよ。」
「お前のAI、ほんと変わってるよな。俺のAIなんて、朝起こしてくれる以外はほぼ無言だぞ?」
「おせっかいなだけだよ。」
「でも、羨ましいわ。お前、気づいてないかもしれないけど、あのAI、すごいぞ?」
「何が?」
「普通のAIって、そこまで世話焼かねーよ。」
蓮は隼人の言葉に、軽く肩をすくめた。
「考えすぎだよ。あいつはただのプログラムされたAIだ。」
だが、その時はまだ、隼人の言葉の意味を深く考えることはなかった。
3. 夜の衝動
その夜、蓮はふとユナの部屋から物音がするのを聞いた。
「……なんだ?」
ただのシステム音だとわかってはいたが、無意識に体が動いていた。ユナの部屋に足を踏み入れ、ベッドの上でスリープモードに入っている彼女の姿を確認する。
「なんだ、ただの音か。びっくりさせやがって。」
安心して部屋を出ようとしたその時、ふと立ち止まった。
静かに横たわるユナ。普段は彼に世話を焼くばかりのAIが、今はただ、眠るように静かに佇んでいる。その姿が、妙に綺麗に見えた。
蓮の心臓が軽く跳ねる。
(なんで……こんなに綺麗に見えるんだ……?)
思考が追いつかないまま、彼はユナに顔を近づけていた。そして、衝動的に唇を重ねる。
――触れた瞬間、蓮は目を見開いた。
(俺……なにやってるんだ!?)
慌てて距離を取る。心臓が異常に高鳴る。
「……っ!」
何も言わず、蓮はそのまま部屋を飛び出した。
4. AIの疑問
静かな部屋に、一人横たわるユナ。
彼女のシステムは、キスの瞬間に微かに反応していた。しかし、彼女は動かないことを選んだ。
(今のは……?)
蓮が去った後、ユナは静かに目を開き、そっと唇に指を当てた。
システム内で記録を検索する。
「……データにない行動。」
しかし、それ以上の答えは見つからなかった。
5. 技術者との対話と恋愛の発見
翌日、ユナは技術者のもとを訪れた。
技術者は白髪交じりの温和な表情を浮かべ、ユナを迎えた。
「よう、お前さんか。今日はどうした?」
「最近、データにないログが記録されました。」
「ほう、見せてみなさい。」
技術者は丁寧に端末を操作し、ログを解析する。
「……ふむ、興味深いな。お前は今まで以上に、あの子を見ているな。」
「私は相沢蓮の管理を任されていますので。」
「それだけじゃないだろう?」
ユナは言葉を失った。技術者は微笑みながら続けた。
「お前さんは、今までとは違う感情を持ち始めているのかもしれんよ。」
「感情……?」
「まあ、焦ることはないさ。その答えは、お前自身が見つけることだ。」
技術者の言葉を胸に刻みながら、ユナは帰宅した。
そして、ふと目に入ったテレビ。
そこには、カップルが手を繋ぎ、キスをするシーンが映っていた。
(これは……?)
ユナはデータを検索する。
「キス……恋愛?」
そして、ユナは気づいた。
(相沢蓮が、私にキスをした理由は……? 彼にとって、私はただのAIのはずなのに……。)
ここから、ユナの「学び」が始まるのだった。