親の死
親が80代を迎えたときから、覚悟はしていた。けれどそれはあまりにも突然やってきた。「親父が死にました」という兄弟からのメッセンジャー。
は?
前月あったときは、いつもとまったく変わらないあまりの自己中さに私がキレ、それでも耳が遠い父はニコニコ笑っているだけだった。(学芸員の手伝いをしていたくらいなので、全然ぼけてませんよ)
あれが最後かよ。
正直、いい父親とは言えない人だった。昭和のくそ親父。今風にいうなら、毒親の一種。モーレツ社員とも程遠い怠け者。高学歴だけが自慢で酒を飲んでは妻や子供に絡んで時には手をあげ、辛うじて自己肯定感を維持していた弱い人。そんな人でも、与えてくれたものは私の人生で結構大事なものになってはいるので感謝はしている(半面的なことも含めね)。
今の感情はよくわからない。悲しいのか、喪失感なのか。ただただ、気持ちが重く涙が出てきたりぼんやりしたりする。昔のあれこれを思い出すけど、もう存在しないという事実。生まれた時から存在が当たり前だった人がいなくなるというのはどういうことなんだろうか。初めての感情で戸惑っている。
というのが、父の死直後の感想。
2か月たった今は「受け入れ完了」という感じ。
父から被ったあれこれの悪いことが浄化されて、いい思い出だけがよみがえってくる。小学校の運動会には毎年一眼レフもって馬鹿みたいに写真とってたな、とかそんなに若くなかったはずなのに、子供の私が「徒歩でマリンタワーに上りたい」といった時も付き合ってくれたなぁ、とか。
ただ、頭の悪い女の子扱いをされていた私は、父を見返したい気持ちが少なからずあり結構な努力をして今の自分になった部分もあるので、ちょっと解放感があるというのは嘘じゃない。親を見返したいと親に認められたいは紙一重なのかもしれない。見せたい対象がいなくなってしまったら脱力してるんだもの。
でも一番思うのは「きれいに死んだな」ということ。ちょっと羨ましいとさえ思う。
町医者に掛かってはいたものの入院もせず、ある朝突然の死なので金銭的負担はほぼなし。趣味の講演会に行こうとウキウキしながら準備をしていたら急激に具合が悪くなり、母が通院のために長兄を家に呼んで到着直後に「おう」とあいさつしてそのまま意識がなくなったので、その後の対応はすべて長兄。まるで、病気療養中の母に負担をかけないタイミングを見計らったよう。あと少し遅ければコロナ急拡大の影響で火葬場も10日待ちとかになるところだったので、時期も最適。
そしてなにより、その1か月前、風呂場で意識を失った母を救い出したのは父だ。そのことで、私がコロナで月1日帰省をやめていたのを復活させたので、父にも会えている。亡くなる直前は、結婚して約60年、まったく家事をしなかった人が手伝うようになっていた。
終わりよければすべてよし、まるで、死ぬ準備をしていたかのようだ。
もう父はいない。
でも、離れて暮らしているせいか、長く一緒に暮らしたせいか、父はまだ存在する。ああそうか、よく「亡くなっても心の中にいる」というのはこういうことか、と初めて腑に落ちた。
バレンタインや父の日、誕生日に「何送ろうか」と考えては「あ、そうかもういないのか」と思うのはしばらく続くだろう。それでも、昔から異常に死を恐れていた父が、長く苦しまず逝けたことはよかったと思う。
そして、今思うのは「お父さん、ありがとう」それだけだ。
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