「教職員への感謝の日」ドルトン東京学園・保護者有志がつくる”つながり”
東京都調布市にある私立の中高一貫校、ドルトン東京学園。およそ100年前のアメリカで生まれた教育法ドルトンプランを大胆に取り入れつつ、旧・東京学園高等学校の経営を河合塾が引き継ぐ形で、2019年に新たに開校した学校。原理にあるのは「自由」と「協働」。
このユニークな学校にお子さんを預ける保護者の有志が、「教職員への感謝の日」なるものをしているという噂を耳にしました。先生方に感謝を伝えることは、たしかに大切なことですが、実際にどんなことをしているのか、どんな経緯で始まったのか。大いに気になりました。
そしてその経験は、同じように学校の先生と良い関係を築きたいと願う保護者にとって参考になるのではないか。そう考えて、発起人のうちのお二人、平井美樹さんと村岡佳代子さんにお話を聞きました。
先生方に感謝の気持ちを伝える日
ーー先生方に感謝を伝える日というのを企画されたとお聞きしたのですが、どのような活動なのかを教えてください。
平井さん:
保護者有志で企画して実施したのは、「教職員への感謝の日」、Teacher Appreciation Day、略してTADというものです。昨年2023年度5月に初めて実施、今年もひと工夫加えて実施し、その様子は、首都圏の私立中高の情報サイト「私立中高 進学通信」でも紹介していただきました。
実際にしたこととしては、スクールカラーであるドルトンブルーのTシャツを先生方の人数分をこっそりと用意しておいて、その日、出勤してこられた先生一人ひとりにサプライズでプレゼントするというもの。Tシャツには、応援の気持ちを込めて、”Teachers are the builders of Tomorrow(先生は明日をつくる人)”と書かれています。皆さん驚きながら喜んでくださいました。先生方はすぐに着てくださり、その日は学校がドルトンブルーでいっぱいに。一体感を感じる光景でした。
ーーもともと海外にそういった文化があるそうですね。
平井さん:
アメリカには、生徒、保護者、学校が一体となって、先生たちに感謝の気持ちを伝える一週間「Teacher Appreciation Week」というものがあります。5月の第一週、学校内は華やかに飾り付けられ、それぞれ思い思いのギフトやメッセージカードなどがプレゼントされます。私はそれを知っていて、ドルトンでも、1日だけでいいからそんな日を催してみないかと提案してみたのです。
賛同して応援している保護者の声を届けたい
ーーこれを始めたきっかけや経緯について教えてください。
村岡さん:
最初の発案者の私たち三人は、学校が募っていた鼎談会のお手伝いに参加したとき、空き時間などで雑談する機会があり、そこで知り合いました。
私自身はドルトンの教育方針や理念に心から賛同できるなと思っています。でも実際に子供が入学してみて、保護者の方々と知り合っていろいろお話を聞くと、いろいろな親御さんがいることに気づきました。結構、強硬に物申す人も、少数だけどいらっしゃるということを聞いて、動揺したんです。
私のようにドルトンのことが好きで信頼しているという人は、学校からの情報発信に対して「そうそうそう!」と強く賛同していても、心の中で応援しながら、表向きは静かにしている。そうであるとすると、大きな声だけが学校経営者や学校の先生たちに届いていて、賛同している、応援している人たちの声があまり届いていないかもしれないと思ったのです。だとすると、この学校が、私の好きなドルトンであり続けてほしいと思ったときに、声を届ける必要があるんじゃないかと思ったのが大きな理由です。
ーー何もせずにしていると賛同や応援が伝わらないと考えたのですね?
村岡さん:
(平井)美樹さんから「Teacher Appreciation Week」のことを聞いて、すごくいい!と思ったんです。感謝を伝える方法があるのはすごくいい! 苦情や意見を言うのではなく「いつもありがとう」と思っていることを伝える機会って、普通の保護者だとなかなか無いと思うんです。こういうイベントがあることで、いつもそう思っている、けど黙っている保護者の存在がたくさんあるよということが、先生にも伝わるといいなと思いました。
ーーたしかに。「母の日」や「父の日」などがあることで、普段言いそびれている気持ちを表現できたりするので、それと同じことですよね。
平井さん:
そうですね。先生たちと信頼関係を作っていくためには、まず感謝していますということを伝える必要があると思いました。人間ってやっぱりそこからじゃないと信頼関係は生まれないと思ったんです。Tシャツに載せたメッセージには、感謝してるし、信頼しているし、いつも見ています、という想いを込めました。先生たちがしている仕事がいかに尊いかというのを明らかにしたかったんです。
ドルトン東京学園にはPTA組織が無いので、活動予算もありません。お金は無いけどアイデアはある。4月下旬に発案して5月実施まで約1週間。突貫工事で準備して、作った後に寄付でお金集めをしました。まずは実現したいという想いが強かったんですね。今思うと私たち三人の機動力に勢いもついて、実現したように思います。
有機的に人と人がつながっていった
ーーこの日だけでなく保護者同士のつながりをつくる活動もあるとお聞きしました。
村岡さん:
私たちの子どもたちが入学したのが2021年4月。まだコロナ禍でした。保護者会はありましたが、交流を深めるような飲み会もできませんでした。どの学校もそれは似た状況だったと思いますが、ドルトンは学校自体がすごく新しいことをしているので、きちんと分かろうとしないと分からないことが多いと感じていたんです。例えば、定期テストは無い、アサインメントというものがあるらしい、ハウスという仕組みになっている、などの学校の仕組みについて。そして不安も募りますよね。テストが無くても本当に大丈夫なの?、塾には行った方がいいの?、などなど。やっぱり保護者同士でつながりたいという思いが募り、保護者有志の「つながり会」につながっていきました。
ーーたしかにユニークかつ斬新な学校ですから、保護者同士で話せると気持ちは楽になりそうですね。
村岡さん:
私たちの一つ下の学年の方で行動力のある方がいて、保護者がふらっと来られる場を作りたいと提案してくださり、月に一度、カフェのようにお茶を出す「親カフェ」が実現しました。いろいろな人が来て情報交換できたり、一人で来て座ってお茶を飲んで作業をしていてもいいという場です。私たちもそれに乗っかる形で有機的に人と人がつながっていった感じです。無理なく続けられるように、来たい人が来る、そのときその場にいる人がしたいことをするという考え方で進めてきたと思います。
無理に継承するつもりも無い
ーーこの先、これらの活動をどうしていきたいか、など思い描いていることはありますか?
平井さん:
今年はちょっと企画が増えて、新しく着任した先生方の出身地のお菓子を差し上げたり、飲み物を出してカフェのような雰囲気を作ったり、だんだんアイデアが膨らんできていますね。ただ、私たちはあと2年半くらいいますが、無理に継承するつもりも無いですから、その先はどうなるかはわかりませんね。ドルトンらしさを考えると、皆が協働するものだから、言いたいことを言って、やりたいことをやる。本当にその場で有機的に生まれてくるものだと思っています。
村岡さん:
つながり会・親カフェを実施してから、LINEオープンチャットでどんどんつながり出して、コミュニケーションが起きているんです。今の中学1年2年3年の保護者の方々も入ってくれているんです。機動力のある方、運営側を手伝ってくれる方も出てきたんです。そうやってメンバーも増えてきたから、分科会的にいろいろな動きをしてみてもいいよねという話も出てきていますね。
だから今後のTADも、「今年やってみたい人手を挙げてください」といったように、毎年毎年そのとき動ける人、動きたい人が有機的につながっていく感じになるかなって。そんな兆しがありますよね。TAD当日、Tシャツお渡しの手伝いに来てくれた方もいたし、何かしら関わりたいと思っている方は潜在的にもいらっしゃると思います。
ーーあくまでそれぞれが主体的に動くということですね。先生方との関係性について何か構想はありますか?
平井さん:
安居先生も興味があると仰っていて、私もやりたいと思っているのは、保護者の方々がマルチタレントというか、魅力的な方がたくさんいらっしゃり、全く新しい学校と言われているドルトン東京学園において、同じように新しい教育を共につくっていく見識のある保護者さんたちと、まずはお互いを知ることから始めてみたいと思っています。PTAのような枠組みは必要なくて、役職や決められたお仕事みたいなものも不要、気負わず楽しくつながれる、お互いの関係性がすごくフラットなものが良いと感じています。
村岡さん:
先生との関係というと、TADの日、お茶やお菓子がある場で会話が弾み、アイデアを温めていた先生が相談を持ちかけてくれたこともありました。秋、5年生が修了研究の発表をしたり3年生も卒業発表したりするのですが、そこに保護者も関わったらどうだろうかとその先生は考えていたそうです。それについて意見を聞かせてほしいと壁打ち相談をいただきました。その企画は実現して、生徒たちのそれまでの学習プロセスを聞く機会に保護者も参加できたんです。評価ではなく、すごいね!って応援のフィードバックするという機会をつくることができました。
平井さん:
他にも、性教育が必要だと思いますという保護者さんもいましたよね。そうやって、まだアイデアのものをいったん出してみて、聞いてくれる相手、相談に乗ってくれる相手がいて、徐々に形になっていくような、プロジェクトが生まれてくるような関係性に、少しずつ距離が縮まっている感覚はありますよね。先生たちも同様で、心理的安全性が低いと身構えて何かを言えなくなってしまいますよね。保護者の方にも一緒に学校を作りたいという気持ちを持つ人がいるので、うまくつながるといいなと思っています。
あくまで主役は生徒一人ひとり
ーーこれは学校全体のテーマでもあると思いますが、ドルトン東京学園の1期生が現在高校3年生であと半年で卒業を迎えるにあたり、どのような姿で卒業してほしいのか、ということを、一人ひとりが他人事ではなく考えられるような文化が広がるといいですよね。
平井さん:
そうですね。あくまで主役は生徒であり、親は学校を信頼して預ける、そして学校の先生も信頼して親にリクエストをしてくれる、そういうことが言い合える関係になるといいですよね。それと同時に、高校生くらいになるとむしろ、親が出る幕はほとんど無くて、すごく自立してきたなと感じています。
先日すごいなと思ったのは、中学3年生の卒業パーティーとしてプロムという海外のダンスパーティーのようなものを子どもたちだけで企画して行われ、私もサポートで入ったときのことです。中学3年の多感な時期で難しいと思いきや、皆それぞれ居心地良さそうに参加していて、企画側の中学生がゲスト側の親にも、自然と手伝いをお願いしていたり、それを親たちも快く引き受けて動いたり、先生も親も生徒も、皆その場を楽しんでいるという姿が、本当に良かったなと思いました。あの感じは何なんでしょうね。協働がうまくいくということの快感を、生徒たちは日々実感しているんでしょうね。そして親もそこに少し預かりたいということなのかな。
ーー子どもたちがそのように「自由と協働」を体現してくれているのを目の当たりにするのは、親として一番嬉しいことですよね。
二人:
本当にそう思います。
最後にメッセージを
ーー最後に、例えば私のように、学校の先生にポジティブなメッセージを伝えたいけど躊躇してしまっている人や、ポジティブな想いで保護者同士がつながりたいと思っている人に向けて、メッセージがあればお願いします。
村岡さん:
私も初めから大それたことをしたわけではなくて、最初は本当に雑談からだと思うんです。普段から思っていたこと、先生に感謝を伝えたいと思ってるんだよねという思いをぽろっと周りに話したときに、賛同してくれる人が意外にいて、そうした人たちがつながると、軸になって行動してくれる人とも出会ってすごく大きなムーブメントになっていくという経験でした。そして大切なことは、自分の思いを話すとき、心配もあるんだけど、でもこうしてみたいんだよね、と心配があることも含めて話すこともとても大切だと思います。
まさに『恐れずに進め』ですよね。
平井さん:
ちょっと考えてみたいのは、保護者のあるべき姿、学校のあるべき姿を一回外してみると、皆さん気が楽になるんじゃないかなと思います。例えばドルトンにはPTAという枠がありませんから、自由に、だけど模索しながら動いてみて、そしてそれに伴う責任をどう負えるかだと思うんですよね。何かに動くとき組織になっていた方が安心だけど、他人事になってしまうこともあると思います。でもそうではなくて、自分たちが責任を負うことをイメージしながら、勢いの力も借りて、ときにはえいや!でやってしまう。大切なのはその胆力かな。
平井さん:
今思い出してすごくうれしかったのは、ある若い先生が話してくれたことです。TADで保護者からTシャツをもらったことを、ご自身のお父様に話したらすごく喜んでもらったそうなんです。『良い学校で働いているね』と言ってもらえたり。先生方が周りからそう言ってもらうきっかけを作れたと考えたら、やって良かったと胸がいっぱいになってしまいます。
村岡さん:
いろいろと話していたら、自分たちがやってきたことの意味を再認識できたし、この活動を一段と好きになりました。次も頑張ろう!って思いましたね。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この記事のほかにも、イチ保護者として、無理せずに、学校の先生とより良い関係を築くにはどうすればいいか。そんなことを探究しています。ご興味のある方はご連絡ください。