決断について振り返る。躊躇すると乗れる波が乗れないときがある
最近、「挑戦」という言葉をよく目にするので、自分なりに決断したときのことを振り返って書いてみました。
はじめに
何かに挑戦を迫られるときって人生にはあると思います。
これは試練なのかなと思わせるような。
先のことを考えると足がすくんでしまうし、
「そんなのできっこない」と色々頭に浮かんで、
できれば避けたいと思ったりします。
私も大なり小なり、あります。
どちらかを選ばなければ命を落とすというような選択は稀かと思いますが、例えば、仕事などでは、大きな仕事を請け負うかどうかというのは、忙しさでメンタル不調になって仕事が出来なくなったり、場合によっては命を落とすこともあるかもしれませんので、そういう事例を耳にしたりするとさすがに躊躇するのかもしれません。
何があれば決められるのか?
一般人の話なので、なんの役に立つかはわかりませんが、頭で考えて答えると、
もし人生の目的が定まっているなら決まるのかなと思います。
それをすることが、人生においてどれくらい大事な事かというところになるのかと。
私の場合はそう言うのってぴんと来なかったので、
「その経験をしなかったら後悔するか?」と問いを持った時に、やりたいほうを選んできたと思います。
何事も良い面、悪い面あると思うので、何が起きてもそれをやりたいかと思えたときは、腹が据わる感じがして、進んできているように思います。
そんな感じなので、今までの人生で大きな後悔は感じてないです。
(悩ましい渦中にいるときは、後悔の念が多少よぎったことはあります)
何となくですが、人生の分かれ目になるような決断を迫られるときというのは、外から話がやってきました。
そんなの、想像もしてなかったみたいな。(笑)
その時々に安住したい気持ちが強いからかもしれません。
主体的に選ばないから、
「そろそろやってみたら?」
と神様から話がやってくるような感じです。
因みに、そういうのは断っても「また、次もどうぞ」みたいに来ます。
躊躇したら乗れない波がある
話は変わり、波乗りで、テイクオフという動作があります。
手で水を掻いて(漕いで)、波のスピードに合わせてたら、板が滑り出すのですが、波より遅すぎても早すぎてもだめなんです。
波の種類によって漕ぐスピードを変えます。
なので、波が早くて、急激に掘れてくる(巻き上がってくる)時には、かなりのスピード感が求められます。
躊躇すると、波のてっぺんから「くりん」と板ごと体が持っていかれて、波の下の方に放り出されたり、白くもみくちゃになった波のなかでぐるぐるに巻かれて、しばらく海面にでられないというようなこともあります。
これは、「パーリング」と呼ばれます。
私はそんなに大きなサイズは無理ですが、成人の頭くらいの波でも結構パワーがあって溺れそうになることもありました。
そう言う波に乗るときのコツというものを波乗りの先輩から聞いたことがあります。その当時17年くらい経験されたいた方です。
「パーリングするか、テイクオフできるかは紙一重なんだよ」と。
つまり、そういう波に乗るときは、躊躇せず、思い切って飛び出すしかない。
そんなことから、「えいっ」飛び出すことも必要なのかと、何かあると頭思い出したりします。
最後に
何だか偉そうに書いてますが、溺れてブラックアウトするほどせめることもしてないです。
自分なりに決断したときを振り返ったときにどんなことを考えたかを書いてみました。
まとめると、
・「やらないで後悔しないか?」という問いを持ってみる。
・ときには「えいっ」飛び出すことも必要。
・乗り切るには、自分にとってどれくらい大事かを考えてみる。
ということでした。
最後までお読み頂いてありがとうございました。