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町クラブの育成で一番大切なこと
今回お送りするのは、「カルチョの休日」にも登場する街クラブの育成の大家、アンジェロ・カステッラーニさんの育成論。「子どもたちが楽しいと思えないトレーニングは何時間やっても意味がない」というアンジェロさんが指導で心掛けていることをご覧ください。
■「勝つときもあれば負ける時もある」大人がまず結果を受け入れなければいけない
――イタリア代表がワールドカップ(W杯)出場を逃したあの日(2017年11月13日)から丁度10日が経ったのですが、国内ではなおもいわゆる戦犯探しが続き、大新聞やテレビ・ラジオなど主要メディアが率先する形でイタリアサッカーを全否定するかのような報道が続いています。W杯を4度も制した国が実に60年振りにその出場権を逃すというのは確かに重大なニュースであり、今回のプレイオフ(対スウェーデン)に敗れた代表が内部に極めて深刻な問題を抱えていたのは紛れもない事実ですが__
アンジェロ・カステッラーニ(以下、アンジェロ):しかしこの国のサッカー界すべてを否定するのは明確な誤りであって、それこそ末端にいる私たちのような指導者からすれば、今日の国内に氾濫する否定的な報道の大半は実際の現場を知らない者達が単に商売のネタをばら撒いているに過ぎないとしか言い様がありません。なぜなら、例えば今から11年前と今日を比較した場合、この国のサッカー界全体のあり方に特別な変化は何一つとしてないからです。11年前にイタリアは世界を制し、ところが今回は残念ながらプレイオフで敗れた。それだけの話。勝つときもあれば負けるときもある。それが勝負の鉄則である以上、小さな子ども達を指導する私達こそがまずはこの結果を潔く受け容れなければならない。
もちろん、自分たちの国の代表がW杯に出場できない現実を前にして涙を流す子ども達を見るのは本当に辛いのですが。でもだからこそ、そんな彼らを抱きしめて頭を撫でてあげながら私はこんな風に言うのです。
「この悔しさを忘れるんじゃないぞ。そしていつか君たちが大きくなってから勝ってみせればいいじゃないか」。
とはいえ、私が指導しているのはまだ5~7歳といった幼い子ども達ですから、すぐに涙を止めてあげることはできないのですが...。
――11年前と今日を比較しても「この国のサッカー界全体のあり方に特別な変化は何一つとしてない」と育成の現場に長く立ち続けてきた監督が語る一方、繰り返しになりますが、主要メディアは「抜本的な改革の必要性」を声高に主張し続けている。このまったく相反する見解の果たしてどちらが正しいのでしょうか。
アンジェロ:確かに、例えば協会やリーグの組織としての構図であったり、ある一定数の指導者たちが今日もなお過度な勝利至上主義にとらわれているからこそ派生する問題であったり、若い選手たちをあたかも単に金儲けの道具としか考えていないような者達が少なくはないとの現実が横たわっているなど、他にもいくつかの正すべき点があるのは事実です。
ですが、言ってしまえば、そんな類の問題を抱えているのは何も私たちの国だけではないわけで、それこそこの種の問題は11年前にもその前にも同じように存在していたのですから、今日の現実を前に突如として「抜本的な改革を」と叫ぶ者達の姿はおよそ滑稽だと言わなければならないでしょう。
私たちは長年に渡って「この種の問題」と戦い続けているからこそ、その解決がいかに難しいことであるかも知り抜いています。清濁併せ吞む必要があることも当然のことながら知っている。だからこそ私は非力ながらも子ども達に「最も大切なこと」が何であるかを机上ではなくグラウンドで伝え続けているのです。
もちろん、私が指導するのはフィレンツェにある一つの小さな町クラブに過ぎないのですから、この国のサッカー界全体に及ぼす影響力など欠片のほどもないのですが、例えば同じくここフィレンツェにステファノ・マンネッリ(現U16トスカーナ州代表監督)やマリオ・ファチェンダ(元フィオレンティーナ選手)といった育成に生涯を捧げる指導者が無数にいるように、北のベルガモやミラノにも、もちろん南のローマやナポリにも数多く同様に優秀な、それこそサッカーを愛してやまない監督達が日々の指導を懸命に行なっている事実を知るからこそ、これからも長く私たちの国でサッカーが生き続けていくと強く信じることができるのです。当然、勝ったり負けたりを繰り返しながら。
大切なのは続けていくこと。ボールを蹴り続けていくこと。無心でボールを追う子ども達を私たち指導者が温かく支え続けていくこと。そして、指導者たちが心を込めて「最も大切なこと」を子ども達に伝え続けていくことだと思っています。
――「最も大切なこと」とは?
アンジェロ:もちろんそれは数えきれないほどあるのでしょうが、私が最も大切にしているのは「とにかく思いっ切り遊ぶ」ということですね。トレーニングではなく、あくまでも遊び。
グラウンドへ来るのが楽しみで仕方ない、仲間達と一緒にボールを蹴る時間が終わってほしくないと、そんなふうに子ども達が思えないようならばその「トレーニング」は何百時間やっても意味がない。むしろ無益にして有害と言うべきでしょう。
例えばの話、カラーコーンを並べてのジグザクのドリブル練習に一体どんな意味が? ゴール前に立つ監督に縦パスを当てて、そのリターンを受けてフリーで打つシュートに一体どんな意味が?
いずれの場合も答えは「無意味」。時間の無駄でしかない。そんな練習を何万回やっても試合で使える技術を培うことは絶対にできないからです。
そんな時間があるのなら遊び、すなわち「ゲーム(試合)」をやらせた方が遥かに有益です。ゲームの中でこそ子ども達はトラップを、コントロールやフェイント、ドリブルやパス、シュートといった使える技を相手のプレッシャーがかかる状況下でやるからこそ習得していきます。それに転ぶことや走るスピードの強弱の付け方やジャンプや方向転換といった類の体の使い方、つまり身体能力を高めることもゲームの中でこそ子どもらは自然と身につけていくのです。
かつてのように路地でボールを蹴ることができなくなった現代社会において、小さな子ども達に何をどうやって教えるべきか。
とりわけここ十数年の間、指導者に求められる資質は大きく変化してきているのですから、より良い指導法が何であるのかを私たちは常に模索しながら最適な答えを見出そうと努力を重ねています。もちろん、繰り返しになりますが、そんな指導者は決して少なくはない。むしろ無数にいる。
そして、特に「ロナウジーニョの出現」を境にサッカーの質が大きく変化したなか、子ども達に模範を示す義務を負う指導者に求められる技術レベルも当然のことながら上がっているのですから、それをできない指導者達が淘汰される現実もあります。
――相対的に子ども達のボールを扱う技術が高くなっている一方で、だからこそ、例えば先ほど名前の出たマリオ・ファチェンダ(元ジェノア、フィオレンティーナ選手)のような指導者の存在がさらに重要となるのでしょうか。
アンジェロ:そう、何と言っても彼は現役時代にあのロベルト・バッジョと共にプレーし、あのディエゴ・マラドーナをマークしたディフェンダーですからね。特に1対1における守備に何が必要かを知り抜いている。つまり、そんな彼に指導されたディフェンダー達と対峙することによって、攻撃側の子ども達もまたさらにその技術を磨くことができる。だからこそゲームが持つ意味を私たちは大切にしているのです。
そして、次に大切なのが、私たち指導者こそが楽しむこと。練習を終えて帰路につきながら、「今日も楽しかったなぁ」と思えなくなれば指導者を辞める。これを信念として今日まで私はグラウントに立ち続けてきました。さらに、とりわけU12以下の子ども達の試合で私は決して勝敗にこだわらない。一生懸命やったかどうか、その試合を心の底から楽しむことができたかどうかこそが唯一にして最も大切であって、日々の練習も含めて1日に3つ良いことがあればもうそれで十分。昨日までできなかったプレーをできるようになる時、その瞬間の子ども達の目の輝きと笑顔を目にしたくて私は今日もグラウンドへ向かうのです。
――その指導を間近で見た一人ですから私も知っているのですが、練習でも試合でも監督は絶対にネガティブなことを言わないですね。「今のはパスすべきだろ!」という類の言葉も監督の口から聞いたことがありません。
アンジェロ:難しい場面、判断に迷う場面こそがサッカーで一番おもしろいのですから、そうした一つひとつの局面で子ども達がどういう答えを見出すことができるのか、そこを見守ってあげればいい。自由にプレーできなければそもそもサッカーする意味がない。なるほどそういう判断をこの子はするのか、というように、子ども達の自由な発想を目にするのが監督として最大の喜びなのですから、ああしろこうしろと試合中に監督が指示すること自体が私には理解できません。
もっとも、そんな監督だからこそ私は36年にも渡って指導しているというのにこれといったタイトルを何ら手にできていないのですが......(笑)。でも、この「無冠の監督」である自らを私は誇りに思っているのです。
■上のカテゴリーに行けるか、プロになれるかどうかなんて重要じゃない
――さらにもう一つ、アンジェロ・カステッラーニ監督といえば、その名アンジェロ(=エンジェル 天使、の意)から、「天使の金曜日」がある。それがどういう意味なのか説明してくれますか?
アンジェロ:いつからか子ども達が自然とそう呼ぶようになったんですけどね、しかしやはり自分で言うのはかなり恥ずかしいのですが......(笑)
要するに、その天使の金曜日というのは言わば「補修授業」のようなもので、週2日の練習に出なければ週末のリーグ戦に出場できないというルールがあるなかで、でも病気だったり学校の勉強が忙しかったりで1日の練習を休まざるを得ない子ども達が少なくはないのが現実ですから、だったらそんな子ども達に「来れるようなら金曜日にグラウンドへおいで」と言うようになって、その金曜日を試合に出るための練習としてカウントするよう全カテゴリーの監督たちに認めさせたわけです。
なのでその金曜日のグラウンドには下は5、6歳から上は17、18歳の子ども達まで来る。そして、小さな子ども達からすれば憧れの存在でもある上手なお兄ちゃん達に遊んでもらえるし、お兄ちゃん達からしても可愛い弟のようなチビッコ達と一緒に遊べる時間になりますので、そこには文字通り「最高に楽しいサッカー」があるということになるのです。もっとも、ここでもやはり一番楽しんでいるのは他ならぬ私自身なのでしょうが(笑)
例えば16歳の子が6歳の子どもにとって最も受けやすいパスを通してあげるのは決して簡単ではないですから、とても有意義な練習になるんです。それこそ公園や広場でやる草サッカーと同じですね。大きな子達はチビッ子を思いやり、チビッ子達は大きなお兄ちゃんに負けないよう必死に頑張るという、あの理想的な構図が私の指導する金曜日にはある。そして、そのおかげでリーグ戦に出場する権利を得られるということで、子ども達が天使の金曜日と呼んでくれるようになったんですよ。
■子どもたちにとって苦痛でしかないことは...
――いっぽう、先ほど話にあった「最も大切なこと」とは逆に、指導者として「最も難しいこと」とは一体何なのでしょうか。
アンジェロ:それはやはり、サッカーをやめるよう伝えなければならないときですね。もちろん一クラブである以上は利益を確保するためにできるだけ多くの子ども達を集めようとするのがサッカースクールの性だとしても、例えば親の意向で、つまり本人の意に反してサッカーをやらされている子がいるとすれば、子どもにとってこれほどの苦痛はないのですから、その親に対して私はダイレクトに思うところを伝えます。
当然、その体質などからまったくサッカーに向いていない子どもも中にはいるのですから、それでも本人がやりたいというのならもちろん徹底して支えますが、そうではない場合には別のスポーツを勧めることもある。例えばサッカーから転身して柔道やフェンシング、テニスなどで成功した子ども達も過去に少なくはありませんから。
もちろん、必ずしもスポーツである必要はありません。例えば美術だったり音楽であったり。その子にとって何が一番幸せか。これを真剣に考えることこそが大切だと思うのです。
■可能な限り多くサッカーを愛する子どもを育てていく
――そして最後に、再び話をイタリアのサッカー界全体に戻してお聞きしたいのですが、監督や私たちが思うように、イタリアのサッカーは代表のレベルで遠くはない将来に復活を遂げることができるのか。それとも、国内メディアの多くが言うように今後も長く低迷を続けるのか。
アンジェロ:(W杯制覇は)1982年の次が2006年でしたからね。その24年周期にもしも一定の根拠があるとすれば、次は2030年大会ということになるのですが、もちろん将来がどうなるかを今にして予想することはできません。勝つか負けるかは常に50対50ですから、長く続けていればいつかまた勝てるときが来るかもしれない。そんなふうに思うことしか私にはできません。そもそも2030年に私がまだ生きていられるかどうか、かなり難しいと言わなければなりませんからね(笑)。
それに、サッカーにおける復活は何もワールドカップを制すことに限らないと言えるはずですから、サッカー界の末端にいる一指導者としては、とにかくこれからも長くボールを蹴り続けていくことで可能なかぎり多くサッカーを愛する子ども達を育てていきたいと思いますし、そのことだけに残りの人生すべてを捧げたいと思っています。
セリエAデビューを目の前にしながら怪我に泣いた経験と、その時の辛さを忘れないからこそ、これからも私は「最も大切なこと」を子ども達に伝え続けていきたいと思っています。
もちろん、いつの日か自分の教え子があの黄金の賜杯を掲げる瞬間を目にしたいと夢に想いながら。
アンジェロ・カステッラーニ(Angelo Castellani)監督
1956年1月20日生まれ。モンテヴェッキオ(カッリャリ/サルデーニャ州)出身。友達と路地でサッカーしているところをスカウトに見出され、12歳でジェノアへ入団。同クラブ下部組織で18歳までプレーした。右のウイング。当時(プリマヴェーラ)のチームメイトには、80年代のローマで活躍したロベルト・プルッツォ、ルイジ・シモーニ(元ユベントス、ジェノア選手/元インテル監督)らがいる。将来の代表候補と期待されたが怪我により25歳で現役続行を断念。フィレンツェの地方紙「ラ・ナツィオーネ」に入社し印刷業務に従事し夜間に仕事、昼間に下部リーグでプレーしながら夕方に子ども達を指導する日々を28年間続け、今日までの育成指導者歴は38年に及ぶ。指導した子どもの数は延べ1万人超。2000年から現職(町クラブA.S. Olimpiaのサッカースクール最高責任者)。国内有数のクラブからの誘いを断り、町クラブでの指導に生涯を捧げると決めたアンジェロ監督は、「天使の金曜日」で広く知られる育成のスペシャリストである。
(取材日=2017年11月23日/27日 @フィレンツェ)
「サカイク公式HP」にて2019年9月4日掲載
https://www.sakaiku.jp/column/knowledge/2019/014252.html