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セーブポイント

「好きだなあ。えーと。今のはね、変な意味の好き。病める時も健やかなる時も一緒にいたいなあの好きで、たまきさん僕と付き合ってくださいの好き。です。」

薄暗い小道でぽつりぽつりそんなことを伝えた。
後、数十歩進むと、大通りがある。
道路の両脇に添えられた背の高い街灯、無数のヘッドライト、嫌でも目につく色合いの大手飲食店の看板がある。
それらが落とす強い光に当てられた二人とそうでない二人。この違いを心得ないほど、僕はウブでも子供でもなかった。

しばらく、小道を二人で意味もなく歩いた。とてもじゃないけどこのまま好きの言い逃げは出来ない雰囲気ではなかった。

彼女の心情としては驚きやら、戸惑いやらもあっただろうに、体現するそれは照れだけだった。
彼女はめちゃくちゃ照れた。もはや、照れが肉体を伴ってこの地に降り立ったと言っても、過言ではない。

彼女は背骨を引き抜かれたのかと思うほどくねりくねりと夜道を歩き、ボキャブラリーは「えー」。と「どうしよう」。だけになってしまった。
表情筋は壊れ、上がり続ける口角に詰められた頬が窮屈そうで、今にも破裂してしまうのではないかと心配になった。

僕は、そんな彼女を愛しく想い、どうしてもこの人と付き合いたいと思った。
彼女は圧倒的に魅力的だった。

そのまま歩き続け、気が付けば大きな橋に差し掛かった。水面に捕らわれた赤、橙、黄の灯りが、そよ風に揺られて混じり合い、また分かれては混ざり合い、両国大橋に寄り添っていた。

壊れたラジオのように繰り返された彼女の「えー」。と「どうしよう」。はいつしか消え失せ、僕たちは男女の張り付めた空気に打たれた。

僕は危うさを感じた。
このまま二度と会うことはないのかもしれないと直感的に感じた。
何か話さなければと思い立った時、彼女は俯き加減に言った。

「付き合いましょうか。」

「え、えっ」。と僕はありきたりなリアクションを溢した。次いで抑えられない衝動が沸き起こり、帰路につくサラリーマンの冷ややかな視線なんてお構いなしに橋の中腹、円形に広がるその場所で彼女を抱き寄せた。

依然として彼女は俯いていた。けれど、横顔には細く薄い口唇の角が乗っていた。
それを見てとった僕は、彼女のつるんとした頬に手を当てがい、そのままキスをした。

川のせせらぎに囃し立てられているようで、ファーストキスは軽く唇が触れるだけだった。

身体が離れた後、最後にもう一度だけ強く抱き締め、つむじの少し手前にキスをした。

「んにゃ。」

駅までの帰り道、強まる夜風に吹かれ、彼女の短い襟足は終始、頷くようになびいていた。

これから長く険しい人生を頑張れます