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オレンジブラウンリップス④

とんとんと会話は続いていた。

二人が窓際のテーブルへ移動する頃には、とっくに終電は終わっていた。けれど、その事実を互いに提示することはなかった。

きっかけ作りのようにも捉えられる発言が、今の二人にとって無粋であることを承知していたからだ。先ほどまで賑わっていた店内が、二人を置き去りにしていった。

「そうだ。大事なこと聞いてなかった。名前。私、中村沙梨って言います。」

外のネオンに沙梨の右頬は照らされ、少し赤らむその様を佑月は見て取った。沙梨は返事を待たずに続けた。

「そっちは?」

「俺はね。」

佑月は、内気と外気との温度差で酷く湿った窓に人差し指を伸ばした。夏八佑月。小さく自分の名前を書いた。なぞられた部分だけが色を増していた。

「変な名前でしょ。なつやって読むんだ。」

この窓に映る名前が、沙梨にとってはロマンスであり、ドラマだった。

「電車ないけど、この後どうする?」

突然のことに戸惑う佑月を余所目に、そう囁く沙梨は女性であり、少女だった。




これから長く険しい人生を頑張れます