ラジオはなぜ駄目なのか?

古い表現だがマスコミ四媒体と言われるものが、長い目で見て、どのようにインターネット対応してるのか定期的に観測するのは大事である、なぜかは知りないが。
 例えば新聞は無料記事公開が減って、登録、有料が増えた。面倒だから、こうなったものから定期購読をやめていて、いまや、共同や時事通信、くらいしか見なくなった。日経は早くに登録して無料で読めるから使ってるか。有料でお金を払う価値がある新聞記事ってなかなかハードルが高い。

一方雑誌、こちらのトレンドは別ブランドだと思う。小学館のポストなんかその走りだと思うが、看板は同じ看板を使っているが、ネット用の記事を書いている媒体。同じく小学館で和楽という雑誌がある。これはウエブ版を作り、Voicyなど新しいメディアを使って雑誌よりより多くの挑戦をしていて楽しい。個人的には逆に雑誌媒体の興味がマシ、買うようになった。和楽、サライはこの部類。

さて、困ってしまったのが、ラジオ、テレビ。
ラジオは早くにradikoがあるが、これは殆ど使ってなくて、まもなくアプリ削除の予定である。なぜか?
新聞にせよ、雑誌にせよ、きじひとつという単位まで細分化された。例えば日経の岸田総理のとある記事を読むために、新聞一日分をダウンロードする必要はないのだ。正しい検索ワードを得れば、必要な記事一本が出てくる。

ところがラジコは、例えば伊集院光の番組に服部克久が出て、聞きたい!と思って検索すると、服部さんが出た日のまるまるの番組が出てきて、服部克久さんのコーナーだけ探すのが出来ないのだ。こんな不親切がある?らじおは制作費の削減のため、どんどん長くなってるのに、検索して出てくる結果もどんどん大きくなってるのだ!

コーナー一つ一つの単位で保存するか、ユーチューブのように、ユーザーが時間とコーナーの内容をタグ付けできないと、冗長なデータは、無駄なだけなのである。

ユーチューブには必要なものだけが上がってる。この番組の、このコーナーの、この発言、まで細かくしたものがのっている。勿論全体を載せておく意味はあると思うが、必要なところを効率的に探す術がないものか?ラジオは滅びゆくメディアとして語られるが、活性化のために実は何もされていないのだ。

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