パリオリンピック 個人総合決勝 肖若騰の演技
パリ五輪個人総合で銅メダルを獲得した中国の肖若騰の個人総合の演技を紹介します。
2021年東京オリンピックで橋本大輝選手に次ぐ銀メダルを獲得して以降、怪我の影響もあり、世界選手権の代表からは外れていました。
大きな大会に出てきたのは2023年中国で行われたアジア大会。それも個人総合にはエントリーせず。
結果的にパリルール下で世界大会の個人総合の実践はこれが初めて。
しかし、元個人総合の世界チャンピオン(2017年)でもあり五輪経験者でもある肖にとっては、置かれた環境によるプレッシャーはそう大きくはなさそうでした。
それは演技にも表れていたように思えます。
▼ゆか
映像はありませんが、演技構成はこのようになりました。
冒頭はサイドラインでの➀前方2回半ひねり(E)から。ふわふわとした助走から放たれるキレのあるひねり。着地も小さく収めています。
ここから対角線を使って3シリーズ。まずはゆったりとした助走から②前方2回ひねり(D)+③伸身前宙(B)。着地はほんのわずかに足が浮く程度。よくまとまっています。
続いてロンダート~後転とびから抱え込みの④新月面(E)。着地に向かって体を開く局面で少しの脚割れがあり、着地は後ろに大きく跳ねてしまいます。
そして⑤後方2回半ひねり(D)+⑥前方伸身1回ひねり(B)はきれいな姿勢。ここの着地はわずかに動く程度にとどめました。
その場で正面支持臥を経て開脚旋回へ。
⑦シュピンデルゴゴラーゼ(D)と⑧ゴゴラーゼ(C)を難なくこなします。難しさを感じさせません。
起き上がってサイドラインでの⑨後方2回ひねり(C)。高さ・雄大さを表現しつつ着地まで美しく決まりました。
終末は⑩後方3回ひねり(D)。高さも姿勢も美しく、着地は小さく1歩にとどめ印象の良い締めくくり。
全体的に難しさを感じさせずにゆったりと進行、それでいて技のキレと雄大さを表現した素晴らしい演技。クラシック音楽を聴いているような心地の良い演技でした。
2023年の演技構成では前方2回ひねり(D)+前方2回宙返り(D)の組み合わせや、3連続宙返りなど攻めた演技構成をしていましたが、2024年に入ってからは難度を抑えたこの構成に落ち着いています。
とはいえDスコアは5.8もあり、Eスコアは8.533と高得点。着地の精度も良く、ミスらしいミスと言えば新月面(E)で着地が大きく跳ねた程度。
落ち着いた演技で余裕を見せて高得点を取る、ベテランらしい戦い方です。
▼あん馬
冒頭は①セア倒立(D)から入ります。腰が曲がった状態での少しの停滞気味なところはありますが大きな問題はありません。
体を下ろして旋回技へ。E難度の②フロップからD難度の③コンバインへスムーズに技を通しています。
続いてロシアン系の技を3つ。④ロス(D)、⑤トンフェイ(D)で馬端~馬端への移動技を2つ。元居た場所に戻ってきてその場で⑥ロシアン1080°転向(D)。このブロックも危なげなくスムーズに通しています。
終盤、旋回での縦向き移動技、⑦マジャール(D)と⑧シバド(D)も難なくこなし、⑨片ポメル上での縦向き旋回(B)を1周回してからD難度の倒立技で下りました。
ノーマルな旋回技とロシアン転向技と2種類の旋回技を使っていましたが、リズムは終始一貫したものでした。リズムもバランスも崩すことなく、危なげがなく安心して見ていられます。
Dスコアも5.9と高水準を担保。Eスコアもまずまずで14点台に乗せています。
2018年に種目別で世界チャンピオンになった時は旧ルールではありますがD6.6の構成を持っていました。
パリルール下においてもブスナリ(F)やマジャールシュピンデル(D)、E難度のコンバインを入れた構成を披露したこともありました。もっとDスコアを上げられる実力は持っていながら確実に演技を通し、確実に得点を取る戦法です。
こちらは冒頭にブスナリを入れてコンバインをE難度にした構成。
2022年中国選手権予選の演技です。
こちらは冒頭にマジャールシュピンデル(D)を入れた構成。
2023年アジア大会での演技です。セア系をバックセア倒立(C)にして演技中盤に入れているところもポイント。
▼つり輪
演技序盤は①後ろ振り上水平(D)から②中水平(D)に下ろし、さらに背面懸垂まで下ろして③ナカヤマ十字(D)とD難度の力技を連続で繰り出します。
つり輪に求められるゆっくりと力を表現するという点については甘く、慌ただしさ、雑さが垣間見えます。
➀後ろ振り上水平(D)は2秒以上の静止が見られるものの、②中水平(D)は肩の位置が高く静止も不十分、続く③ナカヤマ十字(D)も静止画短いように見えます。
力技を3つ連続した後はB難度以上のグループⅠ(振動技・振動倒立技)の技を一旦挟まなくてはなりません。
④ヤマワキ(C)で振動技を挟み、⑤後ろ振り中水平(E)へ繋げます。中水平は脚の位置が下がり、静止時間も甘いです。
続いても振動技の⑥ジョナサン(D)から⑦後ろ振り十字懸垂(C)。ここも少し肩の位置が振り上がる時に高くなりました。
力技はすべて完了し、終盤へ。
終末技に向かうためにまずは⑧翻転倒立(C)で倒立へと上がりますが、倒立はバランスを崩しかけて足が下がりかけ、肘が曲がってしまいます。
⑨後方車輪(B)から終末は抱え込みの⑩新月面(E)。着地は後ろに大きく1歩。
ところどころ実施が甘いところもありましたがEスコアは8点台に乗せました。
東京オリンピックでは後転中水平(E)やホンマ十字(D)も使っていて力技は豊富です。
ここで13点台が出ましたが、ゆか・あん馬で14点台の貯金がありこの時点で3位に着けます。
▼跳馬
ジョギングのようなふわふわした助走から繰り出されたのは大技ロペス!
高さ・飛距離・滞空時間こそありませんが、着手時の脚開きはわずかに、空中姿勢はまずまず、着地姿勢も良く、着地は小さく1歩に収めています。
なぜこの助走でロペスが跳べるのか。
過去には同様の助走からもう半ひねり加えたヨネクラ(D:6.0)を跳んだこともありました。
2020年、パリルールの映像ではありませんが、衝撃的な跳躍です。
▼平行棒
演技は前振り上がり(A)からの後ろ振り倒立(A)からスタート。これだけでも体を大きく見せて雄大な表現をしています。
大技は①アームツイスト(E)から入ります。若干膝の緩みは見えますが、ここまできれいに倒立にハメられる実施をする選手は中々いません。
次もアーム系の②ドミトリエンコ(E)と高難度の技が続きます。後処理もスムーズです。
③ヒーリー(D)では体が水平位になる頃にバーを掴んでいて、
④棒下ひねり倒立(E)では体もまっすぐで脚割れもなく倒立までスムーズに上がりながらひねっています。
⑤車輪倒立も(C)問題なく、⑥棒下倒立(D)では体も肘もピンと伸びて倒立に収めています。
技それぞれに勢いとキレを感じつつも、技ごとに倒立の収めをきちんと見せていることで、緩急とメリハリが表現されています。
演技後半、⑦ベーレ(D)では体の開きが明確に表現されています。素晴らしいさばきです。後処理の前振り上がりも大きく表現されています。
続く⑧爆弾宙返り(D)は、高さがやや不足していたでしょうか、少し慌ただしさが見えました。
倒立からひねりながら棒端へ出て、体を下へ振り下ろして⑨ティッペルト(D)へ。勢いよく中央へ戻ってゆっくりと静かに倒立へ収める表現がたまりません。
演技は終末へ。下り技は⑩前方ダブルハーフ(E)ですが、空中姿勢は脚の開きが見え、着地は大きく後ろに1歩動いてしまいます。
冒頭に動きの派手な技、中盤に技巧系の技、後半から下りにかけて動きの大きい技という、構成にも緩急がありつつ、技と技の繋ぎにもメリハリのある良い演技でした。
Dスコアは6.3と高水準で、Eスコアも8点台中盤に乗せました。
中技の実施は素晴らしかったので終末技だけでだいぶEスコアが引かれたように思います。
▼鉄棒
振動から勢いよく倒立に上がり、前方車輪(A)から①アドラー1回ひねり両逆手握り(E)でE難度から入ります。このようなひねり技の類は倒立に収めることが求められますが、少しばかり倒立から逸脱して流れるような実施。
そのまま②アドラーひねり(D)+③伸身トカチェフ(D)の組み合わせ。D難度以上のアドラー系の倒立技とD難度の手離し技の組み合わせは0.1の加点が得られます。
ここの②アドラーひねり(D)はバッチリ倒立に収まっています。そこから連続される③伸身トカチェフ(D)は良い伸身姿勢でバーを超えています。
続いて開脚の④トカチェフ(C)+⑤屈身トカチェフ(C)の連続。C難度とC難度の組み合わせにも0.1の加点が得られます。
どちらのトカチェフも滞空時間が長くて良い実施。
演技後半はチェコ式車輪のシリーズ。
後方車輪から脚を入れて⑥浮き後回転振り出し(C)~順手のまま背面車輪の形になる⑦チェコ式車輪(D)を1回まわして、もう一度振り上がって支持の形を取る⑧シュタネイマン(B)~後ろに回りながら脚を抜いて直接シュタルダー(B)へ繋げて倒立に収めます。
この一連の動きで4つの技の価値を得ることができます。少しの澱みもなくスムーズにシリーズをこなしました。
手離し技、チェコ式車輪シリーズを終え、終末へ。
⑨ホップターン(C)は問題なく倒立に収め、終末技は⑩伸身の新月面(E)。
バーから手を離してからひねり始めが早く、着地の準備局面、ひねりをほどいて体を開いている様子がはっきりと見えます。着地は小さく1歩。
チェコ式車輪のシリーズは、2023年のアジア大会ではケステ(C)で倒立に収めていましたが、2024年に入ってからはケステ(C)を止めてシュタネイマン(B)からのシュタルダー(B)で倒立に収めています。
前年の世界選手権個人総合銀メダリストのウクライナ、イリア・コフトゥンが猛追を見せる中、コフトゥンを0.2上回り、6種目合計86.364で銅メダルを獲得しました。
初めから終わりまで緊張した様子は見えず、表情を崩さずに淡々と6種目をこなしました。
橋本大輝選手がチャンピオンとして君臨していましたが、肖もまた2017年の個人総合チャンピオン。以来世界選手権、東京オリンピックでも個人総合に挑戦し続けていました。
長く中国を代表するオールラウンダーとして個人総合の戦い方を熟知しているベテランらしい落ち着いた戦い方でした。
東京オリンピックの銀メダルに続き、2大会連続のメダル獲得。世代交代の激しい群雄割拠の体操界、それも個人総合においては凄いことです。
既に来年の中国内の大会への出場を表明しているとの記事もありますが、パリ五輪の個人総合後には「こんなに大きな大会で演技するのはこれが最後かもしれない。これが最後だと思って演技した。」と語ったそうです。
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元々東京五輪後の引退を考えていたそうですが、怪我を乗り越えて再び中国代表に返り咲き、再び五輪個人総合の表彰台に上る彼を尊敬します。
その終わりがいつになるかは分かりませんが、肖のキャリアが続く限り見守りましょう。
肖がロスルールでどんな演技をするのか、楽しみです。
画像出典
https://youtu.be/ssznTCgZicw?si=M4s7ppRnidApmRqO&t=2332